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林哲夫の文画な日々2
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造幣局

造幣局_f0307792_20392388.jpg

大阪でも京都でも桜の開花宣言があった。ということで大阪の造幣局の写真絵葉書を掲げてみる。大正末か昭和初期だろうか。桜の通り抜けは意外と古くから行われている。

《江戸期
天保・弘化年代(1830年-1847年)に伊勢国津藩主藤堂家大坂蔵屋敷の堤に桜を植えたのが始まり。毎年の花見時期に屋敷を開放し観桜させる桜狩を催した[2]。

明治期
明治政府により没収された蔵屋敷の一部は、明治4年(1871年)に造幣局として整備され開業した。蔵屋敷にあった桜は大川の川岸通りに移植され、造幣局敷地内には明治3年(1870年)以降に新たに桜の若木が植えられ、それらが現在の桜並木のルーツになった[3]。
明治16年(1883年)に、造幣局長遠藤謹助が「役人だけが花見をしていてはいけない」と一般に開放された[4]。》(ウィキ)

明治時代でも十万人の人出があった。戦前の最多記録は大正六年の70万2252人だとのこと。平成では十七年の1,147,000人が最多の観桜者数のようである。少なかったのは平成二十三年(平成3年からの概要データ)、当然ながらこの年は花見どころではなかった。

造幣局_f0307792_20391634.jpg


造幣局_f0307792_20382858.jpg


by sumus2013 | 2019-03-27 21:13 | 古書日録 | Comments(0)
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