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林哲夫の文画な日々2
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水彩画家

水彩画家_f0307792_20072376.jpg

一枚モノの石版画として入手した。書斎や書棚のある部屋とともに画家のアトリエにも興味を持っているので迷わず購入(迷うほどの値段ではありません)。かなりハイカラな画家のアトリエが描かれているが、イーゼルが写生用の三脚なのがちょっと気になる。普通はもっと大型の室内用画架があってしかるべき。

この絵を貼った台紙に次のようにメモしてある。

《明治三十七年一月 新小説 「水彩画家」島崎藤村
 石版画 渡辺審也画》

雑誌『新小説』に折り込まれていた口絵ということになる。なるほど「水彩画家」ということで三脚のイーゼルだけにしたのかもしれない。渡辺審也の経歴は以下のごとし。

《渡邊審也
没年月日:1950/12/05
分野:洋, 画家 (洋)
 洋風画家渡邊審也は12月5日逝去した。享年76才。明治8年岐阜県に生れ、同23年上京、その長兄金秋について洋画を学んだ。同25年明治美術会教場に入学、浅井忠、松岡寿の指導を受け、同27年卒業した。その後も浅井の指導を受け、同28年明治美術会展覧会に「俊寛」を、同31年の同展に「猿曳」を出品して認められた。同34年太平洋画会の創立に参加し、毎年その展覧会に出品し、写実的な画風で知られた。のち時事通信社に入社して挿絵を担当し辞して文部省嘱託となつて教科書の挿絵を描いた。
出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(144頁) 》

東京文化財研究所データベース

藤村の小説「水彩画家」に対しては、モデルとされる丸山晩霞から苦情が出た。

《明治37年(1904年)1月の『新小説』に、島崎藤村が「水彩画家」を発表した。内容は水彩画家・鷹野伝吉が妻の不貞を発見しつつこれを許すが、別の女と親しくなって妻が苦悩するというもので、藤村の実体験に基づくものだったが、『中央公論』明治40年(1907年)10月号に晩霞は「島崎藤村著『水彩画家』の主人公に就て」を発表し、抗議した。小説モデル問題の第一号とされるが、見ての通り主人公が水彩画家だというだけで、藤村自身の体験を描いたものであった。》(ウィキ「丸山晩霞」)

晩霞は大下藤次郎らとともに日本における水彩画の普及に貢献した画家の一人である。さて、では渡辺審也がモデルにしたのは誰だろう、やっぱり自分・・・?

by sumus2013 | 2019-03-26 20:38 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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