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林哲夫の文画な日々2
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アポリネールと堀辰雄

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季村敏夫個人誌『河口から』V(二〇一九年三月四日)が届く。前号もそうだったが、今号も広く深くの内容で、少々読むのに骨が折れます。

『河口から IV』

なかで、個人的に注目したのは、冨岡郁子さんの「アポリネールと堀辰雄、二つの『窓』」である。冨岡さんは日本におけるアポリネールの受容というテーマで、昨年十一月、イタリアのトリノ大学で開催されたアポリネール国際学会で講演を行なった。その内容に加筆訂正した文章がここに発表されている。アポリネール好きとしては興味津々であった。

日本でアポリネールといえば堀口大学の翻訳で知られている。ところが堀辰雄はアポリネールの詩集『カリグラム』や『アルコール』のなかからいくつもの詩篇を日本で最初に翻訳しているのである。二人には似通うところがあったようだ。

アポリネールも堀も、その詩学は反レアリスム、反自然主義であり、両者ともに、社会的文化的文脈はまったく異なるものの、それぞれの国で新しい抒情を立ち上げようとした、と思うからである。堀は自分自身の創作の上で、アポリネールの何に惹きつけられ、何を得たのか? これが私の課題である。

堀にはアポリネールの詩にヒントを得たと思われる作品がある。初期作品のひとつ『窓』(一九三〇年一〇月『文学時代』)という短編。芥川龍之介の恋愛問題を取り上げている。

『聖家族』が心理分析の叙述によって話が展開してゆくのに対して、『窓』では二人の深い心の交流が、主人公に啓示のように示される。この啓示の直感性と叙述の抽象性はアポリネールの詩「窓」を知ったことと関係しているように私には思われる。この作品が書かれたとき、発表誌は未詳であるものの、堀はすでにアポリネールの「窓」を訳していた。一九三〇年五月出版の金星堂出版による『現代世界詞華選』に掲載されている。

アポリネールの「窓」は一九一三年にベルリンで開催されたロベール・ドローネーの個展のカタログのために書かれた詩だそうだ。ドローネーはその頃エッフェル塔や窓という連作を試みていた。「窓」は、パッと見では、キュビスムの一種と言っていいだろう(ただしアポリネールはキュビスムと区別して「オルフィスム」と名付けた)。まだ具象的な形をわずかに残しながらも、画面全体は分割された色面で構成されている。

ロベール・ドローネーの作品


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架蔵の『GUILLAUME APOLLINAIRE』(POETES D'AUJOURD'HUI 227, SEGHERS, 1978)から「窓」の全文を引用しておく。

 Les Fenêtres

Du rouge au vert tout le jaune se meurt
Quand chantent les aras dans les forêt natales
Abatis de pihis
Il y a un poème à faire sur l’oiseau qui n’a qu’une aile
Nous l’enverrons en message téléphonique
Traumatisme géant
Il fait couler les yeux
Voilà une jolie jeune fille parmi les jeunes Turinaises
Le pauvre jeune homme se mouchait dans sa cravate blanche
Tu soulèveras le rideau
Et maintenant voilà que s’ouvre la fenêtre
Araignées quand les mains tissaient la lumière
Beauté pâleur insondables violets
Nous tenterons en vain de prendre du repos
On commencera à minuit
Quand on a le temps on a la liberté
Bigorneaux Lottes multiples Soleils et l’Oursin du couchant
Une vieille paire de chaussures jaunes devant la fenêtre
Tours
Les tours ce sont les rue
Puits
Puits ce sont les places
Puits
Arbres creux qui abritent les Câpresses vagabondes
Les Chabins chantent des airs à mourir
Aux Chabines marronnes
Et l’oie oua-oua trompette au nord
Où les chasseurs de ratons
Raclent les pelleteries
Étincelant diamant
Vancouver
Où le train blanc de neige et de feux nocturnes fuit l’hiver
O Paris
Du rouge au vert tout le jaune se meurt
Paris Vancouver Hyères Maintenon New-York et les Antilles
La fenêtre s’ouvre comme une orange
Le beau fruit de la lumière


冨岡さんによれば、この詩はアポリネール、デュピュイ、ビイの三人がカフェで一杯やっているときに、突然、ドローネーのための原稿の締め切りを思い出し、やにわにそこで書き始められた。三人が連句のようにして一行ごとに共同して即興で作ったのだそうだ。意味不明でありながら、その場面のイメージとドローネーの絵画の印象とが、うまく織り込まれているような気がする。


赤から緑へ すべての黄は色褪せる
鸚鵡が彼等の生まれた森のなかで啼くときに
アバチス・デ・フィヒス
たった一つの翼しか持たぬ小鳥について詩を書かねばならぬ
我々はそれを電報で送ろう


これは冨岡さんの引用している堀が翻訳したアポリネール「窓」の冒頭。う〜む、堀のフランス語の力量では訳しこなすのは難しかったようだ(これは小生の勝手な憶測です)。「アバチス・デ・フィヒス(Abatis de pihis)」と訳さないでラテンの呪文のように残した部分、冨岡さんによれば「ピイの殺害」という意味である。

ピイ(pihis)はどうやらアポリネールが作り出した単語のようで、元は中国の比翼鳥biyi niao)の「biyi」からきているのだろうと、これは仏語のウィキ「Pihis」に出ていた。堀の時代にはウィキペディアはなかったわけで、むろん辞書にも載っていなかったろうから、訳しようがない(おそらく渡邊一夫に尋ねても容易には判明しなかったのではなかろうか?)。ロベールにはソニアというロシア人の妻がおり(彼女の作品の方がセンスがいい)、互いに影響を与えあったようだが、ひょっとしてこの比翼の鳥というのはこの二人(あるいは二人の制作過程)を指すのか? などと横道に逸れて邪推したりしてみる。

冨岡さんの分析はさらにアポリネールの「鏡」という形象詩からも堀の『窓』はヒントを得ているようだと続き、詳しくは書かないが、『風立ちぬ』の落日の情景へと進んで行く。そして

彼が日本の伝統である、自然という無限抱擁の世界に、一見回帰していくかのように見えて実は、彼の作品世界の中性的抽象性と絵画的構築性が示すように、アポリネールをはじめとするアヴァンギャルドたちが投げかけた問いを強く意識していた。だからこそ堀が特に興味をもって訳したのがマポリネールの会話詩であったのだ、と思う。

と結論する。さらにもうひとつ会話詩の例として中原中也の「雨の朝」を引用し、そこにもアポリネールの影を見ている。『アルコール』に収められた「女たち Les femmes」に似ているという。たしかに似ている。

堀はアポリネールのこの詩を訳していない。もちろん、中也がこの詩を読んだとは思えない。ランボーの優れた訳者である中也とアポリネールは、インターナショナルなアヴァンギャルドの運動の中で、期せずして同じ磁場に、詩の言葉の性質と機能を問う、芸術が本来持つ実験と経験の場にいたと言えるのかもしれない。

と冨岡さんは推測しておられるが、さて、どうだろう(ついでながら中也は渡邊一夫に教えを乞うている)。何はともあれ、示唆に富む論考を堪能させていただいた。深謝です。

by sumus2013 | 2019-03-05 20:56 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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