林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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彩画初歩

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浅井忠編輯『中等教育 彩画初歩 第六編』(吉川半七、明治二十九年二月二十一日)。表2に、

《此畫帖ハ全編ヲ分チテ七集トナシ其一集二集ハ黒畫ノ略影ヨリ密影ニ移ルノ順序ヲ示シ三集四集ハ着色ヲ施シテ後ニ黒畫ヲ繪クモノゝ例ヲ示シ五集六集七集ハ水彩畫ノ臨本トセリ》(編者志)

とあるように第七編まで出ており、それぞれ十二図が収められているようだ。ようだ、というのは、本書は表紙だけ第六編で、中身は、第五編第六図(帽子、杖)、第五編第七図(書籍)、第五編第八図(団扇)、第七編第一図(蕣)、第七編第五図(魚類)の五枚が挟まれているだけなのである。もちろん均一台にて。

ただし一編、二編、五六七編は上下のようだから、全部で十二冊か。本書の表紙に「下巻」の朱印が右下に捺されているところからすれば、最初は上下に分かれていなかったのかも知れない。

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第五編第七図 書籍


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第七編第五図 魚類



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第七編第一図 蕣


発行者は吉川半七(吉川弘文館の創業者)、石版印刷が小柴英侍、木版彫刻者が木村徳太郎、木版印刷者が松井三次郎である。図をよく吟味すると、輪郭は木版の線描で刷られ、陰影や色彩は石版印刷になっている。高級印刷だったのだろう。定価は十六銭。コーヒー二銭の時代だから今なら五千円以上(?)。

創業者吉川半七は天保10年(1839年)に近江国滋賀県)で生まれ、江戸日本橋蛎殻町の書肆若林屋喜兵衛に奉公。安政4年(1857年)19歳で独立し、自営を許されて書物の仲買を始める。文久3年(1863年)には長姉の婚家で麹町の貸本屋近江屋を継ぎ、近江屋吉川半七を名乗った。元治元年(1864年)、江戸・京坂を往来して書籍の交易を行う。
明治3年(1870年東京府京橋南伝馬町(現在の中央区京橋一丁目)の表通りに新店舗(吉川書房)を開く。扱った書物は、新時代の要望に応え、和漢書のほか、福沢諭吉中村正直等の西洋文化の翻訳類も数多く取り揃え、とくに上方版の常備販売は他店の追随を許さぬものがあった。明治5年(1872年)には、吉川書房の階上に「貸本屋」の大革新を試み、有料(1時間半銭)の書物展覧所を設け、広く内外の書籍を集めて公開し「来読貸観所」と称した。大槻如電は「日本における図書館の濫觴なり」と称賛している(明治9年11月火災により閉鎖する)。明治10年(1877年)頃より出版を兼業し、はじめ「文玉圃」「近江屋」等の号も用いたが、多くは「吉川半七」の個人名をもって発行所とした。明治12年(1879年)には内閣書記官岡三橋(守節・書家)の推挙により宮内省御用書肆となり、『萬葉集古義』『幼学綱要』『婦女鑑』等、多数の宮内省蔵版の出版を引き受け、明治20年(1887年)頃より、時代の趨勢に鑑み出版に専業し、もっぱら学術書の刊行に従事する。》(ウィキペディア)

弘文館を名乗るのは明治三十三年からだそうだ。

小柴英侍(ひでじ)は日本石版創始者・小柴英の長男。大正八年に東洋インキ製造の社長に就任。弟に洋画家の小柴錦侍がいる。

木村徳太郎は

1842-1906 明治時代の印刷技術者。
天保(てんぽう)13年7月生まれ。木村嘉平に木版,梅村翠山(すいざん)に銅版技術をまなぶ。文部省彫刻係,内閣官報局御用をつとめ,明治22年創刊の「国華」の木版画彫刻を担当した。明治39年12月29日死去。65歳。江戸出身。本姓は鈴木。号は楊堂。》(コトバンク)

とのことである。松井三次郎も吉川の仕事をよくしていたようだ。谷崎潤一郎『お艶殺し』(千彰社、一九一六年)の木版刷も手がけている。

by sumus2013 | 2019-01-07 17:35 | 古書日録 | Comments(0)
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