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林哲夫の文画な日々2
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ポストイット?

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大田元貞公幹『仁説三書 仁説要義 付録 下』(和泉屋金右衛門、文政四年六月朔[跋])。上下二冊の下のみ、今年の百万遍にて。大田元貞は大田錦城として知られる儒者。

《大田元貞、通稱忠藏・才佐、字は公幹、錦城と號す。大聖寺侯の侍醫樫田玄覺の七男にして、命眞の弟なり。天明三年元貞十九歳にして、越前府中の市醫縣道策の家に養はれしが、翌年去りて江戸に上り、儒を山本北山に學ぶ。既にして元貞北山を棄てゝ自ら研竅し、錦城雜録・飛耳張目編等を著して名聲忽ち揚る。水戸侯之を聞きて聘せんと欲せしが、適〻沮むものありて果さず。後吉田侯幣を厚くして之を招き、世子の爲に書を講ぜしむ。文政三年元貞暇を請ひて京師に遊ぶ、搢紳學士皆敬服せざるなし。是に於いて加賀藩主前田齊廣は、錦城が封外の賓師たるを惜しみ、遂に吉田侯に請ひ、祿二百石を賜ひて頭並に班せしめ、別に役料百石を與ふ。これ實に五年八月十四日なり。八年四月二十三日江戸に歿す、年六十一、疑問録・九經談・大學原解・中庸原解・梧窻漫筆・春草堂集等の著書甚だ多し。》(石川県史第三編第三章學事宗教第三節漢學下)

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内容はともかく、巻頭の印章と本文中のマーキングに惹かれて求めたもの。後者は以下のような感じ。朱点を打っているのかと最初は思ったのだが、よく見ると、色紙を小さくちぎって糊付けしてある。ようするにポストイット。付箋の変種か。小さい短冊状の付箋を貼り付けた和本は何度か目にしたし、たしか架蔵もしているはずだが、こんなタイプは初めて見たような気がする。

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紙には色違いもあって、貼り方にも独特なこだわりが見える。

(【ご教示をいただきました。これらは「不審紙(ふしんし)」と呼ばれ、寺田寅彦の『柿の種』に同名のエッセイが出ていると。】

寺田寅彦「不審紙」



巻末に自社出版物の広告がズラリ。予告も含めて六十七タイトル掲載されている。

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玉巌堂和泉屋金右衛門は相当の大店だったことが分かる。あらゆるジャンルの書物を手広く出版していた様子がうかがえる。今田洋三『江戸の本屋さん 近世文化史の側面』(NHKブックス299、日本放送出版協会、一九七七年)に

《渋江抽斎・森枳園の二人も、その著『経籍訪古志けいじやくぼうこし』に付言して「近日書估具鍳識者(このごろの本屋で本のすべてにくわしい者)、前有慶元堂泉荘、後有万笈堂英遵」とし、英平吉の当時の書誌学の発展に貢献したことをたたえた。慶元堂泉荘とは仲通組所属の和泉屋庄次郎であり、本姓松沢、老泉ろうせんと号した書商中の典籍通である。そのほか和泉屋金右衛門や須原屋源助らが化政期の書物についての具現の士として活躍していた。》(化政文化と出版 書物問屋・英平吉

と出ている。

by sumus2013 | 2018-12-03 21:26 | 古書日録 | Comments(0)
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