林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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京都、洛中洛外

f0307792_17412004.jpg
二条城畔 明治三十七年十月


黒田重太郎鉛筆素描「京都、洛中洛外」(〜10月31日)展が非常に良かった。

星野画廊
http://hoshinogallery.com/home/index.html


明治二十年生まれの黒田重太郎が、主に明治三十七年から三十九年にかけて、ということは十七歳から十九歳、精力的に京都市内外の景物を鉛筆によって描き留めた。それら百点以上の素描がほぼ無傷のまま残されていたのである(本展図録には図版番号126まで収録されている)。

まずは、描かれた京都の様子があまりにも現代とかけ離れていることに驚きを禁じ得ない。上の「二条城畔」は二条城の北側あたりにあったという京都監獄(明治二年に二条城の南側六角大宮に徒刑場として設置され、三年に二条城の北側の主税町へ移転、京都府監獄署を経て三十六年より京都監獄となる、大正十一年に京都刑務所と改称され、昭和二年に現在地の山科区東野へ移転した;ウィキ「京都刑務所」)の近くらしい。こんもりとした森の向こう側に監獄があり、描かれている店では監獄へ行く人々を相手に代書、写真撮影、菓子販売などを行なっていたのだろうという(本書解説)。この図の描かれていない左側が二条城ということである。おそらく、この絵の突き当たりの右手が現在は二条公園になっている、のかもしれない。

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西院村 明治三十八年三月

西院は、四条通り沿いで壬生の次、西大路通りを越えた西側一帯になる。この風景は言うまでもないが、現在の西院の様子からはとても想像できないものである。


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出町ニ於テ 明治三十九年二月

出町は現在もまだ樹木が立ち並ぶ風景が残っているので、それほど大きなへだたりはないようにも見える。さて、どの辺りだろうか。遠景に見えるのが出町の橋?



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川岸風景(仮題) 明治四十年五月

明治三十九年までに制作された作品がほとんだなのだが、四十年の作品も五点ほど出ている。ここに掲載した絵でも上から順番に、十七歳、十八歳、十九歳、そして二十歳の作ということになる。どうだろう、この進歩! まったく別人のドローイングだと言ってもおかしくはないほどグイグイ上達している。

本展図録の年譜によると、黒田は明治三十七年に鹿子木孟郎に入門した。大阪生まれなので京都の伯父の家に寄寓して、鹿子木塾(室町通り丸太町上ル西側)へ通い、また京都スケッチ行を開始する。宮崎与平もこの年、同塾に入門している。

明治三十八年には浅井忠の聖護院洋画研究所に入所。先輩に梅原龍三郎、安井曾太郎らがいた。明治三十九年には鹿子木が渡欧したため浅井忠の内弟子となった。

本展のスケッチ群はようするに鹿子木塾に在籍していた時代の勉強の記録、というふうに考えていいだろう。上に掲げた明治四十年のコローのようなタッチの素描はもう十分に成熟しているが、それは浅井、あるいは浅井周辺からの影響力の強さを感じさせるものでもある。

要するに、黒田重太郎の青春がまるごとこれらの風景素描に詰め込まれている。描かれた情景もまたそうであるように、まさにタイムカプセル。百十数年前の京都を黒田青年の目になって眺めることのできる稀有な機会である。

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by sumus2013 | 2018-10-15 20:53 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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