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林哲夫の文画な日々2
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山の上の家

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庄野潤三の本 山の上の家』(夏葉社、二〇一八年七月三〇日)読了。川崎、生田にある庄野潤三の家を多くのカラー写真で紹介し、同時に庄野潤三の短編、エッセイなども収録。そして、佐伯一麦、今井夏子(長女)、庄野龍也(長男)、上坪祐介、岡崎武志が庄野について書き、簡潔な全著作案内(宇田智子、北條一浩、島田潤一郎、上坪祐介)、そして庄野の鉛筆デッサン、写真アルバム、年譜(著作からの引用で織りなす)、作品リストも備えて、ほぼ完璧な庄野潤三作家案内となっている。

夏葉社 山の上の家

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昭和三十年、熱海にて
左から、井伏鱒二、庄野潤三、夏子、河盛好蔵、小山清


庄野潤三、誰でも一度は読むと思うが、ずっと読み続けるかどうか、は人によるような気がする。小生は『ザボンの花』を読んで、うまい小説だなあと思った。『夕べの雲』の文庫版は持っていた。けれども、後がつづかなかった。ところが、本書に収められている単行本未収録だという小説「青葉の笛」の一風変わったタッチ……敗戦間近の人間魚雷の話なのだが、どこかふうわりとした優しい空気が通っている……を知って、また庄野潤三を手にしてみたいなと思うようになった。

ともに同じ大学にいて文学を志していた千野と西岡は海軍に入ってから親しい交友が始まった。

《千野は毎日相の浦にある海兵団から水交社まで出て来る途中、北佐世保の駅で降りて五六丁来たところの一軒の古本屋へ寄るのをきまりとしていた。その小さな店で千野は何冊かの本を見つけて、順番に読んで行った。この次は世界文学全集の仏蘭西近代劇集を読むつもりにしていた。千野はその中のシラノ・ド・ベルジュラックを読みたかったのである。シラノの話は小さい時から耳に親しかったけれども、未だ一度も読んだことがなかった。そのことを仏文科にいた西岡に話すと、彼は言下にそれを読むことを勧めてからこう云った。》

《最後にシラノの有名なせりふがあるんだ。息を引き取る直前にロクサーヌに向かって私の恋しいロクサーヌよ、私はお前を愛してはいなかった、だったかな、私のいとしいロクサーヌよ、だったかな。剣にかけては当代随一、然も稀代の詩人なんだ。》

《西岡が口を極めて賞める様子がまた実に楽し気に見えたので、千野は明日はあいつを買おうと決心した。》

古本屋が出てくるから・・・という理由だけではない、なにかこういう親密な雰囲気にリアリティがある。間近に、帰還の望みのない出撃が待ち受けているにもかかわらず、だからこそ、か。

ところで、シラノが死の直前に発するセリフは《Mon panache.》である。ロクサーヌは瀕死のシラノの上にかがんで、額にキスをする。これは?・・・シラノはふたたび目を開けて彼女を見つめた、そしてほほえみながら言った。モン・パナシュ。

Roxane, se penchant sur lui et lui baisant le front.

C’est ?…

Cyrano, rouvre les yeux, la reconnaît et dit en souriant.

Mon panache.

Rideau.(幕)

検索してみると「モン・パナッシュ」は「わが心意気」と和訳されているようだ。パナッシュというのは、文字通りには帽子の羽飾りのことだが、ロスタンはもっと別の意味を持たせている。「シラノ・ド・ベルジュラック」サイトによれば、一九〇三年六月にエドモン・ロスタンがアカデミー・フランセーズでアンリ・ド・ボルニエ(Henri de Bornier)に「le panache」の意味するところについて語った、らしい。そこでは

Plaisanter en face du danger, c'est la suprême politesse, un délicat refus de se prendre au tragique ; le panache est alors la pudeur de l'héroïsme, comme un sourire par lequel on s'excuse d'être sublime.

危険が目の前に迫ったときにふざける、これは究極の礼儀正しさである、悲惨にとりつかれるのを優美に拒むこと、すなわちパナシュとはヒロイズムの羞恥である、それによって至高であることを詫びる微笑みのような・・・くらいの意味だと思う(間違っていたら直してください)。

死の迫った今になって最愛の人に全ての真実、自らの愛、を知られてしまった。それに対する照れ隠し、ということである。だとすれば「わが心意気」ではいかにも堅苦しい。まあ、例えば「なーんちゃって」くらいの方がシラノの気分には近いのかもしれない、違う? あるいは「ポテチン」とか。


by sumus2013 | 2018-10-14 17:04 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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