人気ブログランキング |

林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


海僊

f0307792_20074002.jpg

この山水画はキャンバスの木枠のようなものに貼られている。タテ30センチ、ヨコ20センチくらいの大きさ。厚さは1センチほど。どういう目的だったのか、どこかにはめ込まれていたのかもしれない。このままの姿で均一台にポイと放り込まれていたので有り難く頂戴した。

f0307792_20134258.jpg

画面はかなり傷んでおり、落款もよく読めない。

 丁未 春月
 ・・ 於
 ・ 柿居
 海僊[?][?]

海僊が小田海僊(天明五1785〜文久二1862)だとすれば、この丁未(ひのとひつじ)は弘化四年(一八四七)になる。海僊は周防国富海(防府市)に生まれ、京へ出て初め松村呉春に入門している。四条派である。頼山陽からの感化で南画に転じた。文政七(一八二四)年に萩藩の御用絵師となり、一時江戸に滞在。嘉永から安政にかけて京に戻って画室を設け富岡鉄斎に南画の手ほどきをしたとされる(以上ウィキによる)。

この絵はまずまずだと思う。上下はそうでもないが、画面に向かって右側は絵がつづいている雰囲気があるので、何点か連作だったのか、または横長のものを切ってこの一枚にしたのかもしれない。

面白いのは裏面。紺色の紙が剥がれそうになっているので半分くらい剥がしてみると、何かの反故紙で下張りをしてあった。

f0307792_20074253.jpg

よく読めないが、御役所とか町奉行などと書かれている。酒井君の名前も散見される。事務的な書類だろうか。読める方読んでください。

by sumus2013 | 2018-09-16 20:44 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
<< フランス文学風物誌 顔3 >>