林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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日本文学の諸問題

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中野重治『日本文学の諸問題』(新生社、一九四六年五月二五日、装幀=花森安治)。

本の虫の本』の本文最後の項目「本とつきあう法」に岡崎氏が中野重治のことを書いている。なかなか印象的なエピソードが選ばれていてさすがだと感心する。まず、中野の著書『本とつきあう法』(筑摩書房、一九七五年)の「本とつきあう法」で語られる獄中体験。昭和三年春、香川県善通寺市の留置所に入れられた中野とその「相棒」に巡査が親切で雑誌を差し入れてくれた。

《中野はその一冊を二つに割って、相手に渡した。「それから取りかえて二人は広告の文字まで残さず読んだ」という。それは「二人腹ぺこでいるところへ握り飯が一つはいってきて、いきなりそれをぱっと二つに割ってそれぞれに食い、それから、指についた米つぶ」まで食べるようなことであった。読むことは、食べることと「肉体的に似ている。」》

中野が二十六歳になったばかりの頃だ。同人雑誌『驢馬』に発表した作品で認められていた。昭和三年三月はナップが結成された年で中野も参加している。香川県で捕まったのなら「相棒」は壺井繁治かと疑いたくなるが、中野やその周辺については全く詳しくないので、あてずっぽうもいいところ。いずれにせよ読書への飢餓感が如実に伝わってくる描写だなあと今更ながらに感心した。『本とつきあう法』は青山二郎の模様をカバーに使っているので以前は架蔵していたのだが、もう随分前に処分してしまった。また読みたくなった。

もうひとつ、岡崎氏は中野の執筆者としての「態度」について指摘している。澤地久枝が中野重治・原泉夫妻の書簡集『愛しき者へ』(中央公論社、一九八三年)をまとめる仕事をしたときに知ったこと。

《中野は「初出時の間違いを、再度の全集編纂のときにも、もとの間違いのままおかれていた」というのだ。
 初出の原稿執筆時での間違いは誰でもある。単行本化や、全集へ再収録する際に、指摘された間違いの個所は直す。初出に当たらない限り、間違った事実は消える。しかし、中野は赤字で文章に手を入れることをしなかった。》

補注で訂正はするが「間違えたそのことを大切にするきびしさが中野さんの文学者としての資質の根底にあった」と澤地は書いているそうだ。これはなかなかできることではない。文筆に携わる者の端くれとして、とうてい真似はできないが、心にとめておくべき態度である。

ということで手近にある中野本を出してみた。本書『日本文学の諸問題』もなかなか激しい内容だ。例えば「子供のための文学のこと」より(原文は旧漢字)。

《日本の文学者は、特に子供のための文学の作者、童話作家、児童文学者らは、その仕事の本質が、子供の感じ方、考へ方に対する教師である点にあることを十二分に知らねばならぬ。それは大人のための文学の場合よりもずつと直接さうなければならぬ。

《作家はそこで、直接教師として乗り出さねばならぬ。直接、教師として。そのため作家には大確信が生まれてゐねばならぬ。
 確信は知識に関するものではない。知識にも関係はあるが眼目ではない。眼目は子供たちの品性の陶冶、真、善、美に対する健全な感覚の育成といふ点になければならぬ。正しいものをそのものとして認識し、正しいものを正しく、美しいものを美しく定着させて行く仕事能力を子供の中に養ふこと、これが教師たちの確信の主要眼目でなければならぬと思ふ。》

本書全体から革新の熱気が放射するようなのだが、戦中の状況に対するバネが強すぎて、却って戦中と似たような口調になってはいないだろうか。昭和二十年十一月、中野は日本共産党に再入党し、二十二年から三年間参議院議員も務めている。まさに人民の教師となった時期の文章。日本共産党から除名されるのは昭和三十九年である。

by sumus2013 | 2018-09-04 20:50 | 古書日録 | Comments(0)
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