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林哲夫の文画な日々2
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名曲喫茶〈らんぶる〉の時代

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『scripta』no.48(紀伊國屋書店、二〇一八年七月一日、デザイン=磯田真市朗)に興味深い記事が載っていた。

稲葉佳子「特別企画 名曲喫茶〈らんぶる〉の時代 『台湾人の歌舞伎町』後日談」。同氏は著書『台湾人の歌舞伎町』(二〇一七年)において戦後の歌舞伎町にあったスカラ座、カチューシャ、でんえん、などの喫茶店の多くが台湾人経営だったことを明らかにしたが、「らんぶる」の創業家への取材がかなわなかった。ところが刊行後の一八年三月に二代目経営者の呂明哲氏に話を聞く事ができたということで、その内容をまとめてある。

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《戦後〈風月堂〉の隣に、新宿で最初の本格的な名曲喫茶〈らんぶる〉を開いたのは台湾・台中出身の呂芳庭である。実家は台中郊外の地主だった。》

昭和十四年頃、呂家は内地へ来て神田三崎町で中華料理屋を始めた。芳庭は中央大学へ進み弁護士を目指していた。戦後、外国人は弁護士になれなかったため、亀戸に石鹸工場を作り成功、数年で工場を売り払って飲食店などを手広く経営したという。新宿三越裏に土地を買ったのが昭和二十三、四年頃、二十五年に〈らんぶる〉が誕生した。最初からLPレコードが売りの名曲喫茶だった。進駐軍からレコードを入手していた。客が殺到し、月二回はオールナイト。昭和三十九年頃までそういう状態がつづいたという。

以下、呂ファミリーについて詳しく語られるが、それは本書をお読みいただくに如くはない。

《昭和五〇年(一九七五年)に現在のビルに立て替えられた。最盛期は〈らんぶる〉と姉妹店〈琥珀〉など都内に一〇あまりあった店は、新宿駅東口と歌舞伎町を残して閉店した。今も喫茶店として残っているのは新宿駅東口の中央通りの店だけだ。》


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世田谷文学館で内堀弘さんの「されどわれらが日々」な本棚という展示が行われているらしい。会場写真を頂戴した。〈古書店主の○○な本棚〉volume2だそうだ。

《古本屋、コレクター、小さな出版社や小さな雑誌、そっと消えた詩人、飄々とした私小説家、夭折の歌人…。こういう古本が大好きで、いつも(今も)身の回りに置いてきました。どのページから読みはじめても面白い本、冊子ばかりです。》

青猫書房古書目録、大塚晴彦追悼集、古本はこんなに面白い彷書月刊総目次、関口良雄さんを憶う・・・・

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by sumus2013 | 2018-08-31 21:28 | 喫茶店の時代 | Comments(0)
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