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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


地図と領土

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Michel Houellebecq『La carte et le terrritoire』(Flammarion, 2010)なんとか読了。フランスの友達が送ってくれた。面白かったから読んでみて、写真家が主人公だよ、と。検索してみるとミシェル・ウエルベック『地図と領土』(野崎歓訳、ちくま文庫、二〇一五年)として翻訳されている。

ミシェル・ウエルベック(本名ミシェル・トマ Michel Thomas)、一九五六年(五八年とも)にレユニオン島(La Réunion マダガスカル島の東方にあるフランスの海外領土)のサン=ピエールで生まれた作家、詩人、エッセイスト。本作によって二〇一〇年のゴンクール賞(フランスの芥川賞みたいなもの)を受賞、二〇一五年にはその全作品に対してBnF賞(二〇〇九年にフランス国立図書館によって創設された文学賞)が授けられている。二〇一五年に刊行した第六作『Soumission 服従』は二〇二二年フランスにムスリムの大統領が誕生するという近未来政治SFだが、発表当日(一月七日)にシャルリー・エブド事件が起きたことで話題となった。日本でもニュースの時間にこの小説についての報道があったと記憶する。ウエルベックの古書価としては、小説はまだそう高くはないが、少部数の詩集『La Poursuite du bonheur』(Editions de la Différence, 1991)あたりは1500ユーロほどもしている。

エンタテイメント系の描写に純文学的な味付けのある不思議なタッチ。文章は軽くてダラダラしており理屈っぽいところもあってスカッとはしないけれども、長い冬を暖炉の脇で読むならこんなものでもいいかなというような感想を持った。

内容もちょっと不思議。自分自身の出自が色濃く投影されているのは間違いないだろう。一言で表せば一人の写真家の成功物語。写真家としてスタートするが、ミシュランの地図を撮影して作品にするという手法で認められる。次に絵画に転向、有名無名の働く人を描いてこれまた大成功。最後は森を無作為に延々と撮り続けるヴィデオ作家として生涯を終える。

その間に恋愛あり、別れあり、引退した有名作家(ウエルベックの名前で登場)との交流と事件があり、父の死がある。フランスの美術界(画家や画廊の活動)がどのような仕組みになっているか、ごく一部分ながら、覗けるようで参考になった。

しかし一番引き込まれたのは文中に登場するパリの街路の名前である。ウエルベックは相当な古本通と見た。というのは、前半のパリが主な舞台になっている物語の展開のなかで登場人物の住んでいる場所(通り)のすぐそばには必ず古本屋があるのだ。

主人公ジェドが住んでいるのはゴブラン大通り、ロシア人の恋人オルガが住んでいるのはギュイヌメール通り、二人が初めて食事するレストランはアラス通りヴァヴァン通りのカフェも出てくればサン・シュルピス広場も登場する。ジェドの専属画廊があるのは国立図書館の近所、などなど・・・・とは言え、パリには古本屋が多いだけという見方もあるか、はは。

とにかくそういう細部(例えば、自動車だとか、ワインだとか、レストランなど)に意味あり気な描写を惜しまないブランド小説、こだわり小説とも言えるし、そこが軽いとも言える。作中人物が読んでいる本も、ペレック、ドリュー・ラ・ロシェル、ネルヴァル(……とこれまたパリをうろつく作品を残した作家たち)と、これはなかなかいい趣味してる。

by sumus2013 | 2018-08-28 21:12 | 古書日録 | Comments(0)
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