林哲夫の文画な日々2
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本の袋

f0307792_19385041.jpg

クリアファイルから「本の袋」を取り出してみた。というのは、こちらの記事を読んだから。


これらはたしか在りし日の水明洞で買ったもの。百円均一の箱のなかにまとめて何十枚も出ていたのだが、一枚百円なので、全部買い占めるわけにもいかず、結局、びわこのなまず先生らと分け合うようなことになった。上の写真に写っているのは以下の六点。

・『博物新編』再刻全三冊 明治五年
・皆川淇園『習文録』二篇 五車楼 明治九年
・『文章軌範文法明辨』武蔵屋惣五郎
・『高等/小学 漢文記事論説文例』二冊 山中書屋 明治十五年
・漁洋王士正『古詩平仄論』宝書閣 明治二十七年
・斎藤昌三『句集 前後三十年』青燈社 一九四三年

袋というのは徳川時代後期から存在していたようだ。

《江戸後期には紙袋で覆って売り出すようになってくるが、その外袋にも書名が入る。たいていは見返しと同じ版であることが多い。ただし、この袋はなかなか残らない。袋つきのまま今日まで保存されているのはほんの一部で、市場にもめったに出ないものである。》(橋口侯之介『和本入門』平凡社、二〇〇七年六刷)

《江戸時代に書店で売り出すときは、書名などを印刷した外袋でくるむことを紹介したが、これは店先での商品の飾りのようなもので、袋とはいうが、上図の右のように本の周りをぴったりくるむ形である。そのため買った人が読むたびにはめたり、はずしたりするのは不便である。とくにはめるときは苦労する。せっかちな江戸っ子が毎回これをやったとは思えず、ほとんどは買ったあと捨てられてしまったのではないだろうか。》(同前)

本より袋の方が価値があるわけだ。帯にもそういった珍品があるらしい、『本の虫の本』にはこうある。

《三島由紀夫の『魔群の通過』(河出書房、一九四九年)は帯紙付美本が八十万円、帯なしは数万円。こうなると、本より帯のほうが価値があるといっても過言ではない。》(オギハラフルホングラシムシ「帯と函」)

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ここにあるのも、橋口氏の書いておられる通り、文字通りの「袋」ではなく、くるみ紙である。日本流(中国には?)ダスト・ジャケットと言っていいだろう。糊をはがしていないものも二点ある。タイトルからして二冊か三冊まとめて包んでいたらしい。

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ただ、最も新しい斎藤昌三『句集 前後三十年』は、文字通りの「袋」。目下「日本の古本屋」に四点出品されているが、袋付と明記してあるのは二点のみ。

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読者の方よりコメントいただいた。

明治期のもので底つきの「袋」は、やはりあんまりなさそうですね。帯もなかなか手に入りませんが、松本昇平『出版販売用語の始まり』(1992年初版 ビー・エヌ・エヌ)をみると「明治三十三年、民友社が『自然と人生』につけたのが元祖である。」とありますので、意外と古くからあるものなのだなぁ、と思いました。買い切り制で定価販売も強いられていなかった頃は専ら白地で、委託制になってから色地のものが出始めた由。

また橋口氏はこうも書いておられる。

《本を大事にした人は、この袋に裏打ちをするか、厚い紙に袋の印刷部を貼り込んで本をくるみ、笹爪[ささづめ]といわれるこはぜ[三字傍点]のような爪で、合わせ目を止めるように作り直した套[たとう]を作っていた。これは書店側で用意するのではなく、所蔵者が作ったようだ。
 これをさらに厚く硬い紙(たいていはボール紙)に裂[きれ]を貼り合わせて、象牙などで作ったこはぜ[三字傍点]をつけたものを帙[ちつ]という。中国では古くからあったが、日本では基本的に明治以降になって普及した。現代でもこれをあつらえることが多い。》(『和本入門』)

日本では基本的に明治以降になって普及した」とは知らなかった。植村長三郎『書誌学辞典』の「チツ」の項には以下のように説明されている。

《安斎随筆に「帙子と帙簀と異なり、二つ共に書を包むものなり、漢土より来る書のぢすは紙を厚くのりして重ねて芯にしたる物なり、表も紙、或は羅、絹など用ふるなり、此方の帙簀は簾を心にして表を錦、綾にて包むなり」とある。》《図書が冊子形となつても、数冊を同時に包むために帙を使用するが上述安斎随筆の内に見える漢土より伝来のものが現代広く用ひられつつある帙である。紐は爪に進歩し、簀は何時しか廃れてボール芯に置替へられ、布貼りのものとなつた。》(植村長三郎『書誌学辞典』教育図書、一九四二年)

ぢすは帙の古語、源氏物語などですでにこう呼ばれている。植村の現代広く用ひられつつある帙である」という表現もちょっと引っ掛かるが・・・、安斎随筆(伊勢貞丈, 1717-1784, の随筆)の時代には厚紙の帙も使用されていたのではないだろうか。実際、田能村竹田(1777-1835)らの絵を見ても明らかに帙に包まれた書物が描かれている(李朝の文具図では本がきっちりと帙に包まれているのは印象的)。まあ、橋口氏の言うところは「広く普及した」という意味かもしれない。

by sumus2013 | 2018-08-27 21:39 | 古書日録 | Comments(0)
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