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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


なぜ花は匂うか

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『牧野富太郎 なぜ花は匂うか』(STANDARD BOOKS, 平凡社、二〇一七年一〇月二〇日六刷)読了。牧野植物図鑑は以前架蔵していたが(今は持っていない)、エッセイを読むのは初めて。本書は短いエッセイを集めてちょうど牧野入門にもってこい。なんとも面白い人物である。

いちばん興味深く思ったのは、植物名の由来や、漢名との一致にシビアなところ。分類というのは命名ということにほぼ等しいわけだから当然と言えば当然なのだが、一般に通用している呼び名にも容赦はない。例えば「ツバキ」。

《ツバキを通常椿として書いてあるがそれは漢名ではなく、これは日本人の製した和字であるということを知っていなければならない。》

《椿の字はむろん支那の植物にもある。その植物は今は日本にも来ていて諸所に植えられてある樹で、わが邦ではこれをチャンチンとよんでいる。》

《全体どういうわけでそれをチャンチンというかと言うと、これはじつはヒャンチンの転訛でもと香椿の支那音である。》

《このチャンチンの椿は落葉灌木で大なる羽状葉を有し、梢に穂をなして淡緑色の細花を綴り、ツバキとは似ても似つかぬ樹なのである。》

《ツバキと姉妹の品にサザンカがある。》

《昔の人がこの木に山茶花の漢名をあてたことがあるので、たぶんそれからサザンカの名を生じたのではないかと思う。すなわち山茶花のサンサカが、音便によってついにサザンカに転化したのであろう。しかるに右の山茶花[さんさか]は元来ツバキの漢名であるから、これをサザンカに適用するのはまったく誤りである。

「菫」も槍玉に挙げられている。「菫」も「菫菜」もスミレとは縁がない。支那では「」がスミレであって、単なる「菫」や「菫菜」が指すのはセロリなのだと(芹、芹菜とも)。

カキツバタも「杜若」や「燕子花」と書くのは間違い、「杜若」はアオノクマタケランであり「燕子花」はオオヒエンソウである、と。

《右のように従来わが邦で用いられている漢名には、その適用を誤っているものがすこぶる多い。かのケヤキに欅の字を用い、アジサイに紫陽花を用い、ジャガイモに馬鈴薯を用い、フキに欵冬あるいは蕗を用い、ワサビに山葵菜を用い、カシに橿を用い、ヒサカキに柃を用い、ショウブに菖蒲を用い、オリーブに橄欖を用い、レンギョウに連翹を用い、スギに杉を用うるなど、その誤用の文字じつに枚挙するにいとまがない。この悪習慣が一流の学者にまで浸潤し、どれほど世人を誤っていて事体を複雑に導いているか、じつにはかり知るすべからずである。こんなわけであるから古典学者などは別として普通一般の人々は、植物の名はいっさい仮名で書けばそれでよいのである。》(カキツバタ一家言)

俵浩三『牧野植物図鑑の謎』(平凡社新書、一九九九年)によれば『植物図鑑』を改訂し『日本植物図鑑』とするときにも、その凝り性のため、改訂の仕事は遅遅として進まなかったという。

《ところが牧野は、ここでも凝り性を発揮した。学名ひとつにしても分厚い洋書を精読して、じっくり検討するのである。牧野は『植物図鑑』を改訂するとき、例えばコナラの学名が、それまでの図鑑や学術書で Quercus glandulifera Bl. とされていたことに疑問をいだいた。そこでツンベリーの『Flora Japonica』(『日本植物誌』一七八四)をじっくり読み返してみると、それまでクヌギの学名として使用されてきた Quercus serrata Thunb. こそがコナラの学名であることに確信をもち、そのように訂正したという。(『植物分類研究』下巻)

また牧野は校正にも徹底的に赤字を入れて補筆・訂正することでも有名だった。

《そういう実情だから、北隆館では『日本植物図鑑』の校正は牧野には見せなかったらしい。校正段階で大幅な手直しがあれば、さらに発行が遅れてしまうからである。

校正を著者に見せないほど、急いで出版する必要があったのか(じつはあったのです)と思ってしまうが、大正十四年九月に発行された『日本植物図鑑』には三十四ページからなる冊子の訂正表が付けられたそうである。植字工が活字を拾っていた時代だから誤字・誤植のリスクは今よりも何倍も大きかった。それにしても三十四ページの正誤表は横綱クラスであろう(第四版から訂正されたという)。

平凡社STANDARD BOOKS 第I期

by sumus2013 | 2018-08-22 21:14 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by 岩田 at 2018-08-23 13:01 x
花の名前をさらっと漢字で書けるのは、いいなぁ!と、昔から憧れていましたが、これを読んだら平仮名で書いた方がいい様な気になりました。
Commented by sumus2013 at 2018-08-23 14:20
これらがすべて誤用だとなると・・・世の中、誤用だらけで、何が正しいのか分らなくなりますね(笑)。
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