林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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橄欖 第四号

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マン・レイ石原氏より『橄欖』第四号(瀧口修造研究会、二〇一八年七月一日、装幀=カヅミ書林)を頂戴した。深謝。第三号から三年経過している。その分、内容の充実ぶりは211頁という厚さに現れているようだ。これまでと違って表紙がミラーコート(ピカピカの光沢)になっていること。これはこれでいい感じ。

『橄欖』第4号 マン・レイと余白で
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口絵:瀧口修造のデカルコマニイ


石原氏は「マン・レイと宮脇子、そして、もちろん……」と題して、宮脇子の画廊展カタログを中心に紹介しながらマン・レイ、宮脇、瀧口の交流を紡ぎ出しておられる。ミニマ画廊、東京画郎、ベルタ・シェーファー画廊、ステンフリー画廊……冊子好きにはたまらない。ここで紹介されているカタログの一部は ART OFFICE OZASA の「瀧口修造・宮脇愛子 ca.1960」(〜6月30日)に出展中である。

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ART OFFICE OZASA


永井敦子「シュルレアリスト研究誌『メリュジーヌ』の日本特集について」も興味深く読んだ。『MÉLUSINE』は一九七一年に創刊されている。パリ第三大学のアンリ・ベアール(Henri Béhar)が編集責任者だった。二〇一七年に紙媒体での発行は終了し、現在はシュルレアリスム研究所のサイトが活動の中心となっているようだ。日本特集は二〇一六年に永井氏とマルティーヌ・モントー氏の編集によってまとめられた。

《ちょうどこの特集号の刊行以降に、フランスでもヨーロッパ前衛芸術の日本における受容に関する主要な史学・芸術社会学的研究が複数発表されたので、そうした成果も取りこみつつ、今後も日仏、そしてもちろん中国や韓国をはじめ、それ以外の地域も含めた研究者による共同研究が、ますます活発化することが期待される。》

スシ、ラーメンだけじゃない、日本へのより深い興味が高まっている、ということであろう。

野海青児「瀧口修造と郷土の悲しい宿縁ーーコレクションは残ったが……」は瀧口と郷里・富山との具体的な関係について考えさせてくれる内容。以下かいつまんで紹介しておく。

瀧口修造が亡くなってから先祖代々の墓も菩提寺もなくなった。瀧口修造自身の墓碑は残っており、妻の綾子も眠っている。しかし墓守となる子孫がないため無縁仏のような状態である。

菩提寺である曹洞宗龍江寺は瀧口家三代が元禄年間に寄進建設したと伝わる。墓地整理とともに本堂も解体された。再建に合わせて瀧口本家の墓も建立し直す予定とのことだが……。

瀧口修造の墓に参りました

《修造の生まれた実家は修造の治安維持法違反容疑による検挙がきっかけとなって郷里から疎外され、屋敷は言うに及ばず田畑まで終戦前後に売られてなくなっていた。父・四郎の遺品を持っていた集落はずれの家庭薬配置業者も亡くなった。
 しかし、本家の修造に憧れていた英子さんは本家に対して深い思い入れを持っていた。英子さんの夫は歌人として名高い宮柊二であった。》

宮英子は修造の「また従姉妹の娘」とのこと。菩提寺も瀧口本家もなくなったが、瀧口のコレクションは現在富山県立美術館三階に展示されている。オブジェなど数千点。没後、西落合の瀧口アトリエからごっそり移された「夢の漂流物」である。綾子夫人が引き取ったごく一部の他は全て保管されている。

瀧口生前、当時の中田県知事が再三訪問し、近代美術館の初代館長就任を要請したが、瀧口は断った。その代りに(?)知事は瀧口コレクションの寄贈を依頼したとされるが、詳しい経緯は分らない。瀧口は

《『郷里といっても私は無縁に生きてきたし、ひとがいわば身銭を切って集めたものを全部ひきとるなんて無礼な話ですよ』》(針生一郎「拒絶のアプリケーション」より、『コレクション瀧口修造』十二巻月報)

ともらしていたという。思想犯容疑で検挙された時(昭和十六年)によほど悔しい思いをしたのであろう。戦後、大学教員に誘われたが、これも拒絶している。

《戦後の瀧口家の家計の流れも戦中の延長上にあるようだ。ことに、一九六〇年代に入って瀧口が美術雑誌にあまり寄稿しなくなってからの、綾子夫人のご苦労はいかばかりだったろうか。そんな状態だったのに、瀧口家に来客があれば、当時の季節の果物が机の上に並べられた。綾子さんは自分が食べる物がなくても、お客には心からもてなすことを怠らなかった。
 瀧口修造のコレクションは、そんな瀧口の生活の身銭の喫水線に成り立っていたのではなかろうか。瀧口修造を顕彰すると共に綾子夫人の陰の力をもっと顕彰すべきではないだろうか。》

晩年の瀧口は美術家であろうとしたし、実際に一流のアーティストだったわけだから、しっかり者の奥方は必要欠くべからざる存在だった。そして、瀧口は気に入らないかもしれないが、「夢の漂流物」が富山県美にまとめて収蔵されていること、何よりの僥倖である。


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by sumus2013 | 2018-06-21 21:33 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by manrayist at 2018-06-21 21:56 x
貴兄の個展準備でお忙しい中、ご紹介いただき有難うございます。
Commented by sumus2013 at 2018-06-22 07:05
充実した内容ですね!
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