林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ロンドンのコーヒー・ハウス

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【『喫茶店の時代』正誤・増補 007】

【コーヒー伝播と薬局】
43頁5行目 《オックスフォードにイギリス初のコーヒーハウスが出来たのが一六五〇年。》
この出典を記入していなかった。これは同じページの註5に出ている小林章夫『コーヒー・ハウス』(駸々堂出版、一九八四年)に拠っている。上はその文庫版『ロンドンのコーヒー・ハウス』(PHP文庫、一九九四年)。

43頁11行目 《フランスでもやや遅れて十八世紀初めマルチニーク島で増殖に成功するなど
ここに註を入れる。

《一七二〇年ごろにマルチニーク、グアドル、ギアナに移植され、十八世紀末には西インド諸島が奴隷を使って生産高を上げた。コーヒーは綿花に次いで多くの人手が必要な植物だという。メイエール『奴隷と奴隷商人』猿谷要監修、創元社、一九九五年版、九四〜九五頁。》

【ドラッグ・ストアー】
51頁5行目 註2に以下の項目を追加。昭和八年から十二年にかけて探偵小説雑誌『ぷろふいる』を発行していた熊谷市郎氏へのインタビューに三星堂が出ている。
熊谷・神戸に探偵小説クラブ[表記/倶楽部か]ゆうのありましたやろ。そのとき毎月行ってましたんや。三星堂の二階で。
ー薬屋さんの三星堂。
熊谷・そう薬屋さんの三星堂の、あの二階が喫茶店になってましたやろ。むこうで毎月一遍づつ寄り合いがあったんですな。
『sumus』第六号、二〇〇一年五月三一日、「『ぷろふいる』五十年 熊谷市郎氏インタビュー」、六四頁。

52頁1行目 註4に以下の項目を追加。
《カフェー・ガスの主人は秋元氏で上野精養軒のチーフコックだったという。コーヒー五銭。「ルンペン傾向を帯びたインテリたちが自由に振る舞うので一般の客の足はまばらになった。しかし太っ腹な秋元さんは一向に気にしなかった」と林喜芳は回想している(『神戸文芸雑兵物語』冬鵲房、一九八六年、七一頁)。》


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by sumus2013 | 2018-06-15 20:05 | 喫茶店の時代 | Comments(0)
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