林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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PARIS REVISITED

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アナイス・ニン『巴里ふたたび』(松本完治訳、エディション・イレーヌ、二〇〇四年一〇月二一日、造本=間美奈子)。読了。

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ヘンリー・ミラーとアナイス・ニン


アナイス・ニンの日記、一九五四年秋、十五年振りにパリを再訪したときの文章である。シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店のジョージ・ホイットマンが登場している。

《ここセーヌのほとりには、かつて私が出入りしていた、変わった本屋があった。それはユトリロの絵に出てくるような家で、土台がぐらつき、小さな窓に皺のよったような鎧戸があった。そしてそこにはジョージ・ホイットマン、栄養失調気味で、あごひげをたくわえた彼が、書物に埋もれた聖者の如く、本を熱心に売るわけでもなく、一文無しの友人に本を貸したり、避難所でもある二階に寝泊まりさせたりしていた。店の奥には、物が溢れかえった小部屋があり、机と小さなガスストーブがあった。》

《ジョージはどうしてセーヌのほとりで小さな本屋を始めたのだろう? 彼はその数年前、私の〈ハウスボート〉の物語を読んだことがあったのだ。彼は一隻のハウスボートを探しにパリへやって来た。そしてボートの上で本屋を始めて、彼は幸せだった。しかし、本に黴が生え、ついには移動せざるを得なかった。彼は窓からセーヌが見える、できるだけ川に近い場所に陣取り、あたかもハウスボートで暮らしているかのような幻想に浸るのだった。》

ホイットマンは亡くなり、今は娘が後継者となった。本屋というよりも観光スポットとして繁昌を極めている(daily-sumus でもすでに何度も紹介した)。

シェイクスピア・アンド・カンパニー書店

シルビアビーチのシェイクスピア書店だった場所にできたミストラルについても書いてくれている。

《今そこにあるのは、〈ミストラル〉だ。ジェイムズ・ジョーンズ、ウィリアム・スタイロン、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウーズらビート族や新しい世代のボヘミアンが足を運んでいる店だ。かつてその場所は、心からの手厚いもてなし、なごやかで、愛情表現が露わで、作家と芸術家たちの間には、情けに厚い同胞愛が宿っていたが、今では陰気な沈黙や無関心な態度が時に見受けられる。ソファーに寝そべりながら本を読んでいる若いボヘミアンなどは、他の作家が中に入ってきても読書をやめようとしない。私は彼らの孤立ぶりに驚いてしまうのである。》

そして街じゅうを歩く。

《美術商、本屋、アンティークショップを見歩いたが、すべて変わりなかった。セーヌ沿いの古本屋もそのままだった。セロハン紙に包まれたエロ本。ポルノ写真を載せた葉書類、蒐集家向けの稀覯本があるのも変わりなかった。
 サン・ジェルマン周辺の、とある書店が自叙伝本の催しをやっていた。ウィンドウごしに私はルイーズ・ド・ヴィルモランの姿を目にした。彼女は『ガラスの鐘の下で』の物語のモデルだった。私は中に入り、彼女の新著を購うと、彼女にサインを求める行列に加わった。》

《彼女は私を認めた。そのとき私は、皮肉っぽくきらめく瞳、勝ち誇ったような笑み、貴族と誇りを描いたフランス歴史上の絵画のひとつを思い起こさせる容貌を再発見した。》

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有名な青い書斎のルイーズ・ド・ヴィルモラン


《私はオシップ・ザッキンに会いに行った。彼が住んでいるのはアサス街に面した古い家で、庭を挟んで小さなふたつの棟があり、そのひとつは彼の住居用に使われ、もうひとつは彫像類がぎっしり置かれたアトリエだった。彼の顔は今もなお血色がよく、目つきも鋭かったが、手足がかすかに震えていた。
 彼のアトリエの玄関前には、木製の女性の彫像がふたつ立っている。
 占領下のパリでドイツ兵が彫像を持ち去らなかったのだ。》

ザッキンの住居は現在美術館として公開されている。

ザッキン美術館
https://sumus2013.exblog.jp/22419998/

《乳白色の空、そして彫刻品のように陰影深い建物。その石組みには歴史があり、それぞれの家には、人生を楽しみ、深く愛し合う人々の暮らしでいっぱいになっている。すべての人々が愉快に愛し合うお祭りのような空気。高度で明晰な文学的表現を通して、それぞれの人生を分かち合う古く良き趣[おもむき]。パリは今もなお知性と創造の都であり、世界のあらゆる芸術家が移り住むことでなおも豊饒である。》

アナイス・ニンのパリ讃歌。一九五〇年代、パリは昔の穏やかさを取り戻していたようでだが、ビート族や実存主義の都になってもいた。

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by sumus2013 | 2018-06-07 16:56 | 巴里アンフェール | Comments(0)
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