林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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こないだ

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山田稔『こないだ』(編集工房ノア、二〇一八年六月一日、装幀=森本良成)。読了。

《これまでに主な雑誌、冊子などに発表した文章のうち、単行本未収録のものから選び、これに若干の新作を加えて一本とした。》(あとがき)

初出一覧によれば、一九八六年〜二〇一八年にわたる三十五篇および書評十一篇、計四十六篇が収められている。内訳は八〇年代四篇、九〇年代六篇、二〇〇〇年代十一篇(および書評十一篇)、二〇一〇年代十四篇である。

三十年以上にわたる執筆期間なのだが、そう大きなスタイルの変化は感じられない。淡々としかし時計の秒針のように正確な筆の動きで人間や文学作品について描く(作品の梗概を述べるくだりが見事だ)。それでいてまったく窮屈さはなく、分かりやすい表現で自然に読まされる心地よさを持つ文章である。ただ八〇年代は少しタッチが違うかな、という感じもする。キレがある、というかキレを求めている雰囲気。若さとでも言うのか。

また本書には、山田流文章入門、というおもむきもある。そこがこれまでの山田本と少しばかり手触りの違うところだろう。

《それから私はずっと年上のこの姉というより「おばさん」のようなひとを相手に、せっせと手紙を書いた。日常のこまごましたことを書きつづった。その幼い文章を姉はいつもおもしろがり、ほめてくれた。それでまた書いた。返事欲しさに私は書いていたのだと思う。》

《文章を書くとはペンでプレイすること、遊ぶことである。私はまず「スカトロジア」で遊び、さらにフランス便りの「フランス・メモ」(『幸福へのパスポート』)など長短の文章で遊んだ。遊びながら書くことを学んでいった。》

《思想や理念から見捨てられ、地べたに転がる日常生活の断片、「くだらないもの」こそが散文芸術の貴重な糧となる。》

《文章は誰にでも書ける。だから難しい。文をつづることもまた「芸」である以上、他の芸ごと、音楽、スポーツ等々と同様、お稽古を、練習を怠っていいはずはない。毎日の発声練習、バットの素振り、ランニング……。
 書く技術については各自、自分の資質に合ったお手本を選び、書く習慣のなかで学びとるしかない。》

以上は「書く習慣」から。これは『エッセイの書き方』(岩波書店、一九九九年)所収だから本当の文章指南である。

あるいは、こういう逸話もある。鶴見俊輔の出版記念会で鶴見さんが山田さんの文章を褒めた。

《「桑原門下、富士門下では山田稔がいちばん文章がうまい。飾りがないんだ、お化粧をしていない、音楽でいう cadenza がないんだ。こういう文章は study しても書けないんだ。study された文章はそのうちそこから剥げ落ちる」と一気にしゃべった。》(褒められて)

文章がうまい」という意味なら、山田さんの親友でもあった杉本秀太郎ではないか、とも思うのだが、『うまい』の意味合いが一般に考えられているものとは少し違うのかもしれない(いずれにせよ杉本・山田は好一対だ)。

バルザックの「パリにおける田舎の偉人」の梗概を述べたくだりも面白い。田舎出の詩人リュシアンと出版人のドグローの会話。

《「へぇ! あんたは詩人かね。それじゃあんたの小説はもういただきますまい」と言って突っ返し、
「ヘボ詩人が散文を書こうとすると失敗する。散文にはつけ足しの文句などない。かならず何ごとかちゃんと言わなければならんからね」
と、批評家のような口を利く。》(ある文学教育)

《あっけにとられたリュシアンにむかって、先輩のルストーは教訓を垂れる。売れるか否かが唯一の問題なのだ。本は直ぐ売れなければならぬ。時間をかけなくては高い評価の得られぬような、内容の充実した本は、出版社は断る。》(同前)

同じことを大阪人が言うとこうなる。

《「大阪てひどいとこやで。小説書いてる言うやろ、ほんならどんな小説ですかなんて訊いてくれへん。それでどんだけもうかりまんの、それだけや」》(〈あと一円〉の友情)

ロジェ・グルニエが言うとこうなる(『ユリシーズの涙』より)。

《もし文学がつねに身近にいて、可愛がり、食事をやり、散歩に連れて行かねばならぬ犬だとしたらどうであろう。それを愛するのも憎むのも勝手だ。しかしそれはあなたより先に死んで、あなたを悲しませる。「今日では、一冊の本の命はとても短いのだから」》(読むたのしみ)

鶴見さんが「褒めた」ように、山田さんも同じ基準で他人の文章を評価するようだ。伊藤人誉『馬込の家』(龜鳴屋)について。

《伊藤の文章には全体にわたり無駄な飾り、思わせぶり、文学臭がないのである。さきに紹介した出だしの文章のように、名文でもなんでもない。言ってしまえばごく普通の文章で、そこがいい。むかしはじめて読んだとき、私はそう感じたのだと思う。それはいまも変わらない。》(思い出すままにーー黒瀬勝己、そして二人の伊藤)

まさに山田さんの文章も名文でもなんでもない。言ってしまえばごく普通の文章で、そこがいい」と言えるだろう。編集工房ノアの本とは思えない(夏葉社か龜鳴屋みたいな)装幀もそんな風合いにふさわしく出来上がっている。

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by sumus2013 | 2018-06-04 20:31 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by akaru at 2018-06-05 11:18 x
いいですねえ。
これを読ませていただいて、すぐさまノアさんに電話しました。
Commented by sumus2013 at 2018-06-05 20:11
ありがとうございます(と小生がお礼を言う筋合いでもないのですが・・・)。多くの方に読んでいただきたい一冊です。
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