林哲夫の文画な日々2
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現代アメリカ戯曲選集1

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『現代アメリカ戯曲選集1 EIGHT PLAYS FROM OFF-OFF BROADWAY』(竹内書店、一九六九年一二月一五日、デザイン=杉浦康平)。

ジャケ買いしてしまった一冊。黒い時代の杉浦康平が好きだ。

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見返し、グレーの上質紙にベタ写真を配して、アンディ・ウォーホルみたい。以下、扉は灰っぽいベージュ、折り込み口絵は黄色の用紙、そこにベタでハイキーな写真をレイアウトしている。劇作家のポートレートおよびオフ・オフの舞台写真。

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本文紙は手触りのあるラフな風合い。だからか、全体に活字がうまく乗っていない。それもまた新鮮だったのだろうか。目次もケイを使った凝った組み方。本文も戯曲のページは、天の余白を詰めて、下部にメモでもできるくらいマージンをとっている。

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劇作家八人の八作が収録されているが、恥ずかしながら、八人なかで名前を知っているのはサム・シェパードだけだ。「シカゴ」、短い作品なのでちょっと読んでみた。ま、不条理劇ですな(つたない筆ではとうてい説明できません)。他にはポール・フォスター「二つのボール」、こちらも不条理は不条理ながら全体の構図は明瞭で、死者と生者のすれ違いコミック。

オフ・オフ・ブロードウェイというものがどんなものか、マイケル・スミスの概説と鳴海四郎の解説が付されているので、おおよそのところは理解できる。具体的には、鳴海氏の体験談がいちばん分かりやすいので少し引用しておこう。

《番地をたよりにイースト・ヴィレジのとある建物の前に立つ。看板もポスターも表札も何もない。隣り近所の住宅とちっとも変わりがない。ひっそりしている。通行人をつかまえて尋ねると、なんだか知らないがこの中で芝居をやっているようだという返事だ。思い切ってドアを開くと、やっぱりそこだった。紹介してくれた人の名前を言って、ホールのカーテンをくぐると、人なつっこい感じの黒人女性が笑顔で迎えて、折りたたみ椅子の席に案内してくれた。》

《やがて、五、六十個の椅子がほぼ埋まったころ、さっきの黒人女性が来客の前に立って、手に持った小さなベルをチリリンと鳴らしてから、「こんばんは。〈ラ・ママ実験演劇クラブ〉にようこそおいでくださいました。今夜の出し物は……」とあいさつする。〈ラ・ママ〉の主宰者のエレン・スチュアートである。「……ついては、これから会費を集めますから、いつものように二ドルずつお出しください」。》

《集金が終ると、照明が入り、きゃたつ二個に椅子が四個だけの裸舞台で劇が始まった。〈ラ・ママ〉のグループは厳密な会員制度になっていて、会員以外は会員の紹介がなければ入場できない。しばらく前までは、毎週末一本ずつの戯曲を上演していたが、稽古や経費などの都合で、最近は二週間に一本のペースである。新聞に広告も出ないから、事務所の電話番号などもわからず、ほぼ口づてで会員が集ってくる。》

なかなか徹底している。これは一九六九年の一月から三月にかけての見聞だというが、その当時が全盛で五十六のグループが名を連ねていたそうだ。ほとんどが週末上演、二ドル程度の寄付金形式でまかなわれていた。

オフ・オフはもともと既成の演劇、体制社会に対する反抗が若い演劇人の発言の意欲をあおり、在来の演劇形式の打破と社会批判とに向かった、そういう由来をもつのだとか。

《ニューヨークの下町には、取りこわし寸前の古いガレージや、古い倉庫がふんだんにある。そのほか、商店の上階の物置や、教会や、図書館など、大広間はどこにでもある。大体はグリニッチ・ヴィレジの周辺、とくにその東側の二番街あたり、そして一四丁目の南側の一帯が、オフ・オフ演劇の根拠地になっている。いつでも演劇青年男女やヒッピー族がその界隈のコーヒー・ハウスやピッツァ店の中とか、その外の街路とかにたむろして芸術談義に花を咲かせている。
 その一画は、劇作家のサム・シェパードに言わせれば「アナキズムのにおいのするカーニバル的雰囲気の社会」であり、「そこは今にアメリカから分離して独立国になるのではないかと思われる」地域なのだ。》

ラ・ママ、シアター・ジェネシス、オープン・シアターなどの老舗グループはロックフェラー財団やフォード財団の補助を受けているが、ほとんどのグループはきわめて貧しく、大半はパトロンなしの自前公演だそうだ。

《それでも彼らは続続と新しいグループを組織して、オフ・オフに名乗りをあげていくのだ。ものすごい活気、ものすごいエネルギーである。》

そういった気分が杉浦康平のデザインにもこめられているのだろう。

by sumus2013 | 2018-05-24 20:46 | 古書日録 | Comments(0)
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