林哲夫の文画な日々2
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小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集

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『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』平田芳樹編(編集工房スワロウデイル、二〇一八年三月)を平田氏より頂戴した。深謝いたします。高橋輝雄と言えば、龜鳴屋さんより下記の作品集が刊行されている(というのもこの図録を頂戴して知ったしだい)。以前紹介した『木香往来』の表紙に版画を提供しているのも改めて教えられた。

もくはんのうた 高橋輝雄作品集

正直に言えば、この手の趣味版画はちょっと苦手なのである。ところが、本図集には思わず目をみはった。初山滋や武井武雄の亜流を越えた、みずみずしい感覚がみなぎっている。

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《今年の1月に、鹿児島の古書店で、滋賀の木版画家・詩人・僧侶、高橋輝雄が手作りした木版の詩集5冊を見つけました。それをきっかけに、金沢の龜鳴屋が2012年に出した『もくはんのうた 高橋輝雄作品集』を読み、調べだすと、龜鳴屋版にもない、詩人・清水卓の妹の存在にたどり着いたりして、図に乗って、『小桜定徳旧蔵の高橋輝雄木版詩集』という手作り冊子にしてみました。》

という編者平田氏の手紙が添えられてあった。小桜定徳(一九二三〜八九)は鹿児島市生まれ、日大専門部宣伝文芸科卒。小学校教師、詩人。号は漂子。高橋輝雄と小桜は、昭和十七年頃までに、日大芸術学園の詩グループ「風館」を通じて知り合ったそうだ。この仲間には戦歿した清水卓もいた。

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『もくはんのうた5』一九七九年


  1942年の作品 清水卓

牛肉店の陳列の
鉤にかかった
牛肉にゆうやけ
あかい
上等品はご座んせんかい
おあい憎さま
こま切ればっかり
すじ肉ばっかり
ぼくの下等な
芸当みてくれ
亭主はおそらく
笑っただろふよ
上等なんて罰あたり
風をくらった
広告ビラだ
冗談みたいに
尻尾生やして
ぼくのほんもの
参ったまいった


《この詩抄は彼が中学を出て数年経ってから上京、日大芸術学院[園]に入っていた頃の1942年の作品で、やがて学徒召集で入隊、1943年10月8日、南方の海で輸送船と共に海底に消えてしまった。遺された作品は、僅かな詩篇と40枚ほどの《鬼打ち》という習作一つだけだ。》(『清水卓詩抄』高橋輝雄のあとがき、一九八一年)

清水は出身地不明。また清水卓の妹、清水ゆき(子)は、戦前には京都の詩誌『新生』や『岸壁』(すなわち臼井喜之介ファミリー)、戦後は宮崎の詩誌『龍舌蘭』に寄稿しており(昭和三十年以降は見えない)、それなりに知られた詩人だったようだ。


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『漂子拾句』一九八三年


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たかはしてるお『木版詩集』一九六七年


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『もくはん詩2』一九七一年


これら高橋輝雄の手に成る木版詩集の他に、本書には「龜鳴屋版『もくはんのうた』と小桜定徳氏長女よりお借りしたアルバムをもとにした小桜定徳作品譜」も収められている。小桜に関するドキュメント(写真、書影、書簡、新聞切抜など)の図版や文章の引用でまとめた年譜である。

平田氏の手紙はこう結ばれていた。

《高橋輝雄や小桜定徳が生涯、清水卓の詩を大切にしてきたことを考えると、清水卓の墓に昔の友人が刻んだ『清水卓詩抄』をお供えしたいという気持になります。そして、その詩集は妹の清水ゆきさんにも、届けられなかったのではないかと思われます。
 せめて出身県だけでも分からないものかと思います。
 もし京都や滋賀に関わる本で、清水卓・ゆきについての記述を見かけましたら、教えてください。》

『新生』(十号)に清水ゆき子の詩が掲載されているのは、この手紙を読んでから探し当てた。さっそくお知らせしたことは言うまでもない。読者のみなさまにもお願いいたします。お気づきのことございましたら、コメント欄へいただければと思います。あるいは下記、平田氏のサイトへ直接でも。

編集工房スワロウデイル


by sumus2013 | 2018-03-29 20:47 | おすすめ本棚 | Comments(9)
Commented by swallow-dale at 2018-03-30 12:11 x
ご紹介いただき、ありがとうございます。
別件ですが、一昨日、秋朱之介の装幀本のひとつ、
ポオル・ジェラルデイ『お前と私』(1934年、三笠書房)
の翻訳者、西尾幹子さんの消息を教えて下った方がおり、
疑問が解決されたと舞い上がっております。
清水兄妹のことを教えて下さる方があらわれることを期待しております。
Commented by sumus2013 at 2018-03-30 20:59
きっと何か出てくると思いますが、期待いたしましょう。小生も注意しておきます。
Commented by uroburo at 2018-04-01 23:57 x
『清水卓詩抄』を愛蔵しております関係で、記事を拝見して妹・ゆきについても興味をもちました。

以下、神奈川近代文学館で2時間ほどしらべた限りで、既知のことでしたらたいへん申し訳ありませんが、お知らせします。

『龍舌蘭』第23輯(1946年7月5日)に、清水ゆきの随筆「宮崎の町と私」という随筆があります。そこで、
「日向の國は私の故郷でありながら、はじめてふるさとを知る私は」
と書いています。宮崎県の生まれだけれど、育ちは他所ということでしょうか。

『龍舌蘭』の同人詩集『海道』(龍舌蘭社、1950年)に、清水ゆきの詩が8篇おさめられています。そのうちの1篇「幼年のうた」(初出は『岸壁』1942年、号数不明)に、
「伊予灘はよく荒い風が吹いた」
「障子の穴から/海がみえ」
という言葉があります。本人ことを詠ったものだとしたら、幼少期を伊予灘の海辺ですごしたと考えられませんでしょうか。

なお、『詩風土』第22輯(1948年4月1日)の名簿に清水ゆきの名があり、当時の宮崎市内の住所が載っていました。
Commented by sumus2013 at 2018-04-02 19:44
uroburoさま
さっそくに情報をありがとうございます。お伝えしておきます。さすがですね、清水卓詩集抄をお持ちとは!
Commented by swallow-dale at 2018-04-02 20:59 x
>uroburoさま
はじめまして。貴重な情報ありがとうございます。

『海道』は、把握しておりましたが、
■『龍舌蘭』第23輯(1946年7月5日)に、清水ゆきの随筆「宮崎の町と私」
■『詩風土』第22輯(1948年4月1日)の名簿
の2つは、初めて知りました。ありがとうございます。

「伊豫灘」にかかわる県は、愛媛県・山口県・大分県と思われるので、父方の地かと推測しておりました。

小桜定徳氏が、1970年に『南日本新聞』に掲載した随筆で、戦死した友人の母親と妹を、1946年に2人の疎開先の宮崎まで訪ねた話を書いており、その随筆で初めて「清水ゆき」の存在を知りました。

小桜定徳氏旧蔵の『清水卓詩抄』は、限定20冊のうち、第1冊目と第2冊目です。
これは、どちらかを清水卓の縁者にと想定してたんじゃないかと思っております。
Commented by uroburo at 2018-04-05 12:49 x
swallow-daleさま

お返事ありがとうございます。『清水卓詩抄』の1冊目と2冊目ということは、いちばんに手渡したい相手のためだったのでしょうね。
高橋輝雄は戦後清水ゆきが参加した後に『龍舌蘭』の表紙・カットを担当していたことがありますので、しばらく交流はあったと思われます。
コメントさせていただいた内容含め、先日入手した情報をメールにて送らせていただきました。
今後も何かわかりましたらご報告申し上げます。
Commented by swallow-dale at 2018-04-05 23:23 x
>uroburoさま
神奈川近代文学館で調べられた資料、ありがとうございます。

■『新生』第7号(通巻51号)(昭和15年12月25日、京都)
 清水ゆき子の詩「霧」
 准同人の名簿に、清水ゆき子の京都の住所
■『岸壁』第7号(昭和18年3月1日、京都)
 清水ゆき「詩」〈一滴の情愛〉〈清貧な夕暮〉
■『詩風土』第2輯(昭和21年2月1日、京都)
 清水ゆきの散文詩「女の學校」
■『龍舌蘭』第1次23号(昭和21年7月5日、宮崎)
 清水ゆきの詩「雨」
 清水ゆきの随筆「宮崎の町と私」
 「後記」に「今号より(略)詩風土に拠る詩人、小村哲雄、清水ゆき(略)の参加を得た。」
■『詩風土』第13輯(昭和22年4月1日、京都)
 清水ゆきの散文詩「灸をすゑる女」
■『詩風土』第22輯(昭和23年4月1日、京都)
 名簿に、清水ゆきの宮崎の住所
■『龍舌蘭』第2次3号(昭和27年11月25日、宮崎)
 清水ゆきの詩「雨の夜の影」

わたしが知っていたのは、第2次『龍舌蘭』の詩「雨の夜の影」のみでした。
神奈川近代文学館、恐るべしです。
第1次『龍舌蘭』は、宮崎県でもそろったものを見るのは難しいようです。
Commented by uroburo at 2018-04-06 01:58 x
swallow-daleさま

第1次・第2次『龍舌蘭』に掲載された清水ゆきの作品と、東京近辺の所蔵先をまとめておきます。
(日文=日本近代文学館/神文=神奈川近代文学館)

■第1次 第23輯(昭和21年7月5日)
詩「雨」
随筆「宮崎の町と私」
※所蔵:日文, 神文

■第1次 第27輯(昭和22年10月20日)
詩「蝙蝠」
※表紙・カット:高橋輝雄
※所蔵:日文

■第1次 第28輯(昭和22年12月1日)
詩「同じ屋根の下に」
※表紙:高橋輝雄
※所蔵:日文

■第2次 第1号(昭和27年7月1日)
詩「短詩二章」
※所蔵:日文

■第2次 第3号(昭和27年11月25日)
詩「雨の夜の影」
※所蔵:日文, 神文

■第2次 第10号(昭和30年3月1日)
詩「心象風景」
※所蔵:日文

日本近代文学館は『岸壁』『新生』も、神奈川近代文学館にない号をすこし所蔵しています。
Commented by swallow-dale at 2018-04-06 14:57 x
>uroburoさま

神奈川近代文学館だけでなく、日本近代文学館でも調べられたのですね。
ありがとうございます。

高橋輝雄が表紙を描いた『龍舌蘭』もありましたか!
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