林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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戀愛譚

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東郷青児『戀愛譚』(野崎泉・編、創元社、二〇一八年三月一〇日)読了。正直、ビックリした。これまでも東郷青児の文章はいくつも読んで来て、絵描きとは思えないこなれた文章だとは感じていたものの、文筆家だという認識ではなく、やはり画家の余技(アングルのヴァイオリン)かな、というのが頭の隅にずっとあった。

ところがどうだろう、東郷は明らかに、絵筆だけでなく文筆も本気で握っていたということが、本書を通読してみて、ハッキリ分った。本書は東郷のそんな文章家としてのエッセンスを、入門書にして決定版とでも言える形にまとめた見事な内容である。編者の野崎泉さんの執念と手腕を讃えたい。

《本書では前半のIでおもにフィクションの要素が強いものを、後半のIIでは「自伝的エッセイ」、および「文化人エッセイ」的な作品をセレクトした。ご覧のとおり、随所にフランス語や英語、最先端の文化や風俗にまつわる固有名詞がほぼなんの説明もなく散りばめられており、あきれるほど気障でスノッブで、彼の当時のスタンスがうかがえる。が、不思議といやみにならず、逆にそこがなんともいえない魅力となっているのは、芸術への献身的なまでに深い愛と、彼自身の率直な、憎めないキャラクターに依るところが大きいのだろう》(解説)

気障でスノッブ、まさに。ただ、これは大正末から昭和ヒトケタの、横光利一、川端康成、北園克衛、稲垣足穂らに共通する時代の性格でもあって、彼らの作品と並べても何の違和感もないというか、都市モダニズムの文学を論じるとすれば、東郷青児を見過ごすことはできない、とすら思えるものだ。

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まるでソーダ金平糖のような短篇小説も楽しめるのだが、読み応えのあるのは
後半の「自伝的エッセイ」群であろう。なかでも「夢二の家」は重要な作品だ。

《夢二が新潟に旅出した留守中のことだった。ある日旅先きの夢二から長文の電報が留守宅に届いた。丁度前夜から泊りに行っていた神近幸子や私がたまきさんと判読しにくいその電報を読んだのであるが、その電文というのが、「昨夜お前が不義のちぎりを結んでいる夢を見た。自分の今までの経験で、このような顕示は常に的中していた。心おだやかでない。若しお前にうしろ暗いところが無かったらこの電報を受取り次第東京を立って新潟に来い」というのである。》

青児とたまきの間にはその前夜ちょっとした出来事があったが、不義というようなものではなかった。たまきは新潟に出かける用意を始めた。

《この結末がどう新潟でついたか私は知らない。その後も夢二の家に出入りしたし、夢二にも時々会って、格別のわだかまりが其処に生じた様子もなかった。》

とつづくのだが、新潟で何があったのかは、たまきが書き残してくれている。以前少しだけ引用したのでリンクしておく。

岸たまき「夢二の想出」
https://sumus2013.exblog.jp/21415084/

十八歳の青児は、たまきではなく、夢二の弟子だった「おあい」さんが好きだった。ところが、まだまだ子供の青児は、おあいさんの訳の分からない行動にふりまわされる。その気まぐれな彼女とのやりとりがパートIの恋愛掌篇小説に色濃く反映されているように思われるのだ。

もうひとつ、「ニースの金髪」は滞仏時代の思い出である。このエッセイは色々な意味で超現実主義的な彩りをおびている。青児はニースの海岸で砂浜に寝そべっていた。すると青い海の波の間から女の足がにょきっと一本突き出したのである。「助けてくれ」という声を聞いて跳ね起き、海に飛び込んだ。

《既に仮死の状態にいる女の足を左手でかかえて、私は水の上に浮き上がった。
 いつの間にか人だかりのした海岸に私がその女を抱き下ろした時、ぎょっとしたのは、その仮死状態の女が片足の女だったことである。白い海水着といっても、こんもりした乳房を包むブラジャーと、思い切り太股を出したパンツだけなのだが、その左足が付根からぶっつり無い。
 心得のある男が仰向けになった女に馬乗りになって人口呼吸をすると、おびただしい水を吐いて、ぱっちり目を開いた。蒼ざめた頬に水藻のような金髪がべっとりと張りついた有様は、女が比類の無いほどの美人だったから、背筋に水の走るような感動を私に持たせた。ことに、片足の裸体が通常の感覚を跳び越えて、胸ぐるしく私にせまってくるのである。》

この美女はイザック・メイヤーというユダヤ人の金持ちの夫人だった。彼女を助けた縁でパリの百貨店ギャルリ・ラファイエットの図案部で働けることになった。と、ちょっと出来過ぎではあるが、どうやら事実のようである。

《美しい夫人に頬ずりされながら、ユダヤふうの塩からいご馳走を木曜日ごとに招ばれた。だが、片足の無い股の不思議な印象は、今でも私の瞼の裏に浮かんで来る。
 美しさというものは、必ずしも均斉の中だけにあるものではないと私は寂しく感じるのである。
 私の海の幸は波に浮かんだ一本の足だった。》

どうです、なかなかでしょう。そうすると、先の同時代人のなかに江戸川乱歩も数えておくべきなのかもしれない。

野崎さんの解説「跣足[はだし]の天使が舞う、コバルトブルーの空の下で」はじつに懇切丁寧な内容で、この解説だけでも一読の価値がある。そこにこんなことが書かれていた。古本修羅のみなさん、情報よろしく!

《なお、この昭森社からその後の一九四〇年に出たはずの東郷の著作に、『星と菫』というのがある。》
《存在は知っているものの、実物を見たことのある人は皆無というまさに"幻の書"で、今回さまざまなコレクター、施設などにあたってみたのだが、ついに見つけることが叶わなかった。本書を手にとってくださった読者のなかに、もしも所有しているという方がおられたら、ご一報いただけたら大変に嬉しいのだけれど……。》

さっそく御教示いただきました。下記のリストに『星と菫』が出ています。『関根正二とその時代展図録』より

森本孝:編 その時代の画家たちに関連する文献目録

三重県美に所蔵されているわけではなかったようです、残念。

*****

『東郷青児〜蒼の詩 永遠の乙女たち』出版記念展

東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち 

東郷青児「銀座放浪記」が面白すぎる。

東郷青児訳『怖るべき子供たち』


by sumus2013 | 2018-03-14 21:44 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented at 2018-03-15 17:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2018-03-15 19:47
それは楽しみです!
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