林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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青梅

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高井有一『青梅』(集英社、一九八〇年三月一〇日、装丁=菊地信義、装画=文承根)。高井有一の小説だから、というわけでもなく、なんとなく手に取ったところ、表紙が素敵だった。目次の次のページに《装画 文承根》とあったので躊躇せず求めた。

文承根(ムン・スングン)については昨年 ART OFFICE OZASA で没後35年 文承根 藤野登 倉貫徹を見ていたのでその名前が印象に残っていた。作品も良かった。作品や略歴は下記サイトがよくまとまっている。

ときの忘れもの
文承根 MOON Seung-Keun


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この表紙の作品は《1970年代半ばから集中して制作した色を何層もぬり重ねた水彩》(上記サイトより)の系統に属するのかもしれない。伝統的なものを感じさせながら清新な仕上がりになっているように思う。

高井作品も読んでみた。なかなか読ませる。高井の父は画家の田口省吾で(ということは祖父は編集者であり明治末頃の流行作家・田口掬汀)、父親に関係する作品「夭折」と「戦争画集」がいいと思った。

「夭折」は、パリ留学時代の友人だったヴァイオリニストの肖像画を、その未亡人から引き取って欲しいと言われて、貰い受ける話。田口省吾は昭和十八年に四十六歳で歿している。その後、空襲で焼かれて、作品はほとんど残っていない。

《床に拡げた絵を覗き込んで、未亡人は言つた。描かれた標[しめぎ]氏は確かに若かつた。左手にヴァイオリンを、右手に弓を持つて、背凭れの高い椅子に浅く腰掛けてゐる。練習を終へて、一と息ついたといふ感じでもあるのだらうか。鼻梁が高く細く通り、髪も眉も豊富に濃く、艶の褪せたカンワ[ワ;濁点付き]スからさへ、肌の白さの察しられる風貌は、昔ならば〈西洋人の血が混つてゐるやう〉とでも評されたかも知れない。》(「夭折」)

この作品にからめて戦時中の疎開の話と従姉妹(母の姉の子)の話が描かれており、戦時中の東京の様子がじわりと身に迫る。

検索してみるとこの絵の絵葉書が見つかった。「ヴァイオリニストH氏」第二十回二科展(1933)出品。
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「戦争画集」は、米国から返還された戦争画が話題になっていた頃発行された戦争画集を眺めながら、昔の父の画家仲間や弟子のことを思い出す話。

弟子の中で一人だけ父の歿後も彼の家を訪ねてきてくれた塩路裕介という画家が中心に据えられている。塩路もまた戦争画を描いていた。

《「戦争なんて、簡単に絵になるものぢやない」
 胡坐をかいた薄い膝を、軽く叩きながら彼は言つた。
「白兵戦なんて滅多にありやしないし、あつたにしても、その中へ巻込まれれば、死ぬ覚悟をしなくちやならないですからね。絵の題材にするなんて、とんでもない話だ。今はやつてる血腥い絵は、みんな人の話を聞いたり、写真を見たりしただけで描いてる。拵へ物ですよ」
「藤田さんは、自分の絵にお線香をあげたつていふわね。あんまり凄くて、祟られさうだからつて」
 と母が言つた。藤田嗣治の「アッツ島最後の攻撃」は、当時最も評判を呼んだ戦争画であつた。敵味方の死体が折重なる大画面の中央に、守備隊長の山崎保代大佐が、泣き叫ぶやうな表情で剣を振つてゐる。塩路裕介は、母には直接答えず、
「まあ、あれだけ死骸を沢山描くつていふのも、大変な事ですよ」
 と、曖昧に紛らせてしまつた。彼の戦陣の生活は平穏であつたらしい。》

作者は『太平洋戦争名画集』を前にして塩路裕介の姿を探すような気持になっている。

《素晴らしい絵を描いて呉れたと軍の報道部長から感謝されたとか、自分の絵がきつかけとなつて特攻隊の記念碑が建つたとか、楽しさうに書いてゐる人がある。塩路裕介がこれを見たら何と言つただらう、とは私は思はない。ただ、見え隠れする彼の姿を追ふやうな気分で、暗い褐色に塗られた画面を眺めてゐる。

高井の他の作品も読んでみたくなった。

by sumus2013 | 2018-02-27 20:52 | 古書日録 | Comments(4)
Commented at 2018-02-27 21:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2018-02-28 14:00
ぜひ、どうぞ、おすすめします。
Commented by imamura at 2018-03-12 10:13 x
「夭折」を今読んでます。この絵、ありがたいです。
Commented by sumus2013 at 2018-03-12 11:46
この絵を知っているのと、知らないのでは、読後感が少し違ってくるかもしれませんね。
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