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人と本

人と本_f0307792_20091275.jpg

平澤一氏には『人と本』(アルマス・バイオコスモス研究所、平成十一年一月十一日)という著作もある。じつはその装幀がちょっと淡白なので、自分で派手なジャケットを手作りしてみた。内容からすれば、もう少し渋い方がいいかもしれないが、小生の目下の気分ではこの抽象的なデザインになるのである。

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本書は第一部「絵本の中の少年」にエッセイ三篇。間奏曲「ホルトマンの娘たち」。第二部「人と本」では愛する書き手たちを論じて、というよりも著作を紹介するという形で人と作品を語っている。尾崎一雄、山口剛、狩野直喜、青木正児、奥野信太郎、岩本素白。この並びはかなりシブイだろう。選ばれているのも本好きな人たちばかりなので古書にまつわる話題も少なくないけれど、ここではすべて略して第一部から祖父の思い出を引いておく。

《父の留学している間、私は祖父に預けられ、三年間、祖父とともに暮らした。祖父は自分の生まれた村が医者のいないいわゆる無医村であることを残念に思い、勉強のよくできた末っ子の父を医師にしたてて、無医村を解消しようと考えた。その頃は、旧制中学校を卒業すれば入学できる四年制の医学専門学校もあったのに、祖父はこれに満足せず、旧制高等学校と帝国大学の医学部に学ばせて、本格的な医学教育を受けさせようと決心した。当時の稲作単作地帯の農家の収入では、その七年間の学費をだすことは到底できなかった。父の学資を作るために、祖父はラサ島燐鉱株式会社に出稼ぎに出かけた。》

《祖父は大正八年十月から大正十四年九月までラサ島でくらし、採鉱課鉱務係長として働いた。退職に当たり、報償金二千円を支給されている。》

《父は大学医学部に入学すると間もなく、大学に残って研究することを希望し、折角医学を学んだのに村に帰って医者になるのは割りが合わないと考えるようになった。卒業すると大学に残り、研究者として生活を始めたのであった。
 そして祖父の無医村を解消する夢は、実を結ばなかった。》

《その後、父は村に帰らなかったことを、いくらか気にしたかもしれないが、祖父の心をほぐしたり、失望の気持ちを慰めることはしなかった。祖父は長年抱いた大きな夢が実現できなかったことを、いつまでも愚痴るような素振りは、みせなかった。心を許していた私にも、このことについて、失望や不満を漏らすことはなかった。》(夜明けーー祖父の思い出)

あじかた村だより 平成元年八月十日号(号外)
名誉村民 故平澤興先生ご逝去特集号


手作りジャケットということで、告知を。ただいま、ヨゾラ舎さんで、拙作シングル盤ジャケット十点展示即売中。コラージュを中心にジョージ・ハリソンは油絵(+コラージュ)です。ちょっとのぞいてやってください。今後も追加する予定です。それぞれのレコード盤もちゃんと入ってますので。


人と本_f0307792_20091715.jpg


by sumus2013 | 2018-02-24 20:54 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)
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