林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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「雪岱調」のできるまで

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『小村雪岱 「雪岱調」のできるまで 生誕一三〇年 小江戸文化シリーズ4』図録(川越市立美術館、二〇一八年一月二〇日、デザイン=安藤剛史)より雪岱のポートレイト、昭和十一年十一月、平河町の自宅にて、四十九歳。歿するのは昭和十五年十月十七日。

開館十五周年記念展。雪岱は川越出身である。

《本展では、多岐にわたる雪岱の画業から、とりわけ挿絵の仕事と、その中で育まれた「雪岱調」とよばれる独自の絵画スタイルに注目します。一堂に会した挿絵原画の数々を通して、美しい筆線や繊細な感性、そして雪岱調」が誕生する過程をお楽しみいただけましたら幸いです。》(ごあいさつ)

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白紙を生かしたスミ(墨)だけの図録の表紙がうつくしい。

雪岱調」とは、簡単に言えば、ビアズリーと春信の出会いという感じがするのだが、ビアズリーは明らかに浮世絵の影響を受けているので、大きく見れば、浮世絵の二十世紀的解釈のひとつと考えた方がいいのかもしれない(そんなこと、どうでもいいですけど)。

装幀本や挿絵掲載雑誌などと本画・原画が対等に展示されている雰囲気が図録からもうかがえる。これはきわめて二十一世紀的な展示コンセプトだと思う。二十世紀においては、ほとんどの美術展があからさまな本画主義であって、装幀・挿絵などのマルチプルな仕事は歯牙にもかけられなかった。作品としての版画でさえ軽んじられてきた。ところが、今日では、印刷資料を展示しない美術展はないと言ってもいいくらい、それら複製作品に対する処遇は変化して、本画と遜色ない(とは言い過ぎかもしれませんけど)扱いを受けるようになった、というか、藤田嗣治の本の仕事で展覧会が企画できるほどの時代になった。古本好きとしては慶ばしいかぎりと思う。

そういう意味で、象徴的な事件がこの図録に勃発している。

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《作品番号一〇八は、紙本墨画とされていましたが、調査の結果、作品番号一と同一の版画である可能性が浮上したため、出品を取り止めました。》

こんな文言の訂正紙が挟み込まれている。木版画と墨画の区別さえつかなかったのか! と責めるなかれ。これは案外難しいのだ。むろんルーペで仔細に観察すれば、馴れている人ならすぐに分かるはず。しかし、この手の超絶テクニックの木版画に馴れてないと、ついうっかり墨絵の肉筆だと勘違いしてしまう。これは小生自身もしばしば体験するところである。失敗談は下記に。

芸誌〈アピエ〉』30号 「漱石の絵ごゝろ」

雪岱などは、木版の方がいいくらいだ。肉筆の線の震えのようなタッチが木版の刀によって無機質な線に変化している、ムラのあるベタもまさに均質なベタになっている、そこがなんとも言えない雪岱調」を生み出しているような気さえする。

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by sumus2013 | 2018-02-23 20:25 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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