林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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昭和八年の織田作之助(上)

春日井ひとし『昭和八年 文学者のいる風景 その8 昭和八年の織田作之助(上)三高の青春』(掌珠山房、二〇一八年一月)を頂戴した。御礼申し上げます。中島敦から始まって、杉本秀太郎、高見順、里見弴、そして織田作之助。毎号のことながら、綿密ないい仕事である。そして何より昭和八年(一九三三)前後という時代はとにかく面白い。

『昭和八年の中島敦 昭和八年・文学者のいる風景 その1』

今回は、青山光二、白崎禮三、吉井栄治、そして富士正晴も、花森安治も、柴野方彦もチラリと登場する。田宮虎彦の帝大時代の回想も印象的。

なかではやはり吉井栄治。織田作と同年生まれ、高津中学校では三年生で同じクラスだった。織田作は三高へ吉井は姫路高校へ(そして東京帝大文学部美術史学科へ。花森や杉山平一の後輩である)と別れるが、昭和十四年、織田作に誘われて同人誌『海風』に参加する。戦後は朝日新聞の将棋記者として知られ、小説家としては直木賞候補(第23回)にもなる。この辺りの詳しいことは下記サイトをご覧いただきたい。

将棋・オダサク・直木賞〜吉井栄治メモリアル

吉井栄治が将棋観戦記者になったことと織田作が将棋好きだったことはどういうふうに関連してくるのか、そのへんが個人的には興味深い。例えば織田の『六白金星』という作品は妾の子供として育った兄弟を対照的に描く佳作なのだが、二人が将棋を指すシーンが効果を上げているのだ。

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上/中学時代の織田作之助と吉井栄治
下/三高紀念祭の織田作之助ら


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左より/織田作之助、白崎禮三、瀬川健一郎


写真は三高時代の仲良し三人組。瀬川は大阪北野中学から、白崎は福井県敦賀の出身で武生中学からやってきた。白崎は早熟な美青年で百田宗治の『椎の木』に近づいていた。

《織田はジイドの自意識を持ちだして論じ合った。瀬川は傍で聞いている。瀬川の目には、白崎は理知的に現実を冷ややかに見る、静かな厭世家と映り、織田は現実を感覚的に捉えて、現実に斬りこんで自分の美意識と対決させようとしていると映った。低声で語る白崎と対照的に、肩怒らせて現実と対決しようとする姿は駄々っ子のようにも思える。(瀬川「青春・その喪失と回復」)》

白崎礼三詩集

滝川事件(昭和八年)で騒がしくなる前の年、織田作は下宿を移っていた。

《下宿は、去年下大路町から左京区浄土寺西田町に変わっていた。先の下宿から神樂坂を上ってゆき、真如堂を右手に、後一條天皇陵の下を通ってゆく道は、やがて神樂丘通と呼ばれるようになる。西田町はその先である。市電の銀閣寺道終点が近く、その周辺にはカフエや喫茶店があって、ちょっとした盛り場になっている。

浄土寺西田町とは! ご存知古書善行堂と同じ町内である。


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by sumus2013 | 2018-02-02 20:49 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented at 2018-02-03 01:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2018-02-03 15:04
いえ、その方がよほど心穏やかです。時節柄ご自愛ください。
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