林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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岡田米山人

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ちんき堂で求めた内の一冊がこちら。『特別陳列 浪華人物誌 近世大阪の画人 岡田米山人』(編集・執筆=松浦清、大阪市立博物館、一九九三年一月九日)。岡田米山人の手頃な参考書が欲しかったのでこれは嬉しい。今調べてみると、米山人に関する書物はそう多くはないようだ。昭和十六年の図録にはびっくりする古書価が付いている。

米山人並半江展図録
[岡田/米山人 画],[岡田/半江 画],大阪市立美術館 編纂 大阪市立美術館 1941
(大阪市立美術館展観記念図録 ; 第17)

岡田米山人と半江 : 近世なにわの文人画
大阪市立博物館 1976

古美術 岡田米山人・半江<特集>
三彩社 (通号 53) 1977-07

文人画粋編 第15巻 (岡田米山人)
岡田, 米山人, 1746-1820 中央公論社 1978


後日の参考のため、本書より岡田米山人の年譜を引き写しておく。

延享元年(1744)甲子 1歳
米山人生まれる。出自は不明。姓は岡田氏、名は国、字は士彦、通称は彦兵衛、号は米山人。

天明2年(1782)壬寅 39歳
子息半江生まれる。妻37歳。

天明3年(1783)癸卯 40歳
『蒹葭堂日記』の2月27日の条に「彦兵衛(割註ーー中西書状持参也)」が登場するのは、米山人のこととみられる。

寛政元(1789)己酉 46歳
『蒹葭堂日記』5月12日の条に「米屋彦兵衛」の名がある。

寛政2年(1790)庚戌 47歳
9月刊行の『浪華郷友録』の「聞人」の部に「田岡 字士彦号米山人 天満空心町 岡田彦兵衛」とあり、「画家」の部にも記載される。すでに藤堂家の藩邸内に居たものとみられる。

寛政3年(1791)辛亥 48歳
『蒹葭堂日記』10月6日の条に「米彦」 11月6日の条に「米山人」の号がはじめて記載される。

寛政5年(1793)癸丑 50歳
「如意道人蒐集書画帖」の副帖に、住所を「大坂天満川崎天神裏門筋北へ入空心町」と記す。

寛政6年(1794)甲寅 51歳
『虚実柳巷方言』巻上、唐絵の部に名。

享和2年(1802)壬戌 59歳
『浪華なまり』巻下、唐画の部に名。

文化5年(1808)戊辰 65歳
立原翠軒の随筆『此君堂漫筆』中の玉堂の談話に、藤堂藩大坂蔵屋敷留守居役七里鎌倉兵衛の下役として米山人登場。

文化10年(1813)癸酉 70歳
10月に没した篠崎三島の葬儀に藤堂藩大坂藩邸留守居役七里鎌倉兵衛と参列。

文政元年(1818)戊寅 75歳
妻没する。享年73歳。

文政3年(1820)庚辰 77歳
米山人没する。8月9日。


どうして岡田米山人が気になるのかと言うと、「米山人」と落款のあるメクリを一枚架蔵しているからである。安いのは安かった。その分状態はかなり悪かったのでプロに補修してもらった。

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本書の図版と比較してみると、どうも米山人にしては少々上手過ぎるように思える。また、署名の筆致もやや異なる。細かい比較はくだくだしいので省略するが、「米」がとくに違う。

この印はどう読むのか、「?天人」? 本書の印譜(かなりの数が集められている)には見えない。要するにギブツの疑いが濃いという結論になるかァ……。

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by sumus2013 | 2018-01-20 21:15 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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