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暮しの手帖とNEW YORKER![]() もう少し『『暮しの手帖』と花森安治の素顔』から。「外国雑誌の影響」という章に出ている河津氏の発言。 《河津 そういえば、常盤新平が初期の『暮しの手帖』は『ニューヨーカー』に似ていると語っていましたね。 北村 我々にも花森は「外国の雑誌は眺めているだけでも勉強になる」といってましたね。》 ということでさっそく画像検索してみた。『ニューヨーカー』の表紙はネット上で多数見ることができる。戦前か戦後すぐあたりのものを中心に探した。たしかに似ていると言えば似ているし、そうでもないと言えば、そうでもない。タイトルが上部にあって表紙一面が絵で占められているという構成は同じだ。しかしそんな雑誌は他にいくらでもある。 ただし、上の『美しい暮しの手帖』第二号(一九四九年一月)と『THE NEW YORKER』一九四七年五月二四日号はかなり似ていると思う。第二号に描かれている建物の看板がみんな横文字なのも「どうしたもんじゃろのう」という感じ。実際、占領下の銀座などには英文があふれていたようではあるが、皮肉を込めて(まさか?)。 ![]() ![]() あからさまに洋風室内や器物が描かれなくなるのは昭和二十七年頃から、徐々に国籍不明の図柄になってくる。もっとも最後まで西洋風の建物(街並)や調度品がときおり顔を出す。心からそういうものが好きだったのだろうと思う。なぜか日本の家並は登場しない。一九六九年のスケッチブックには京都の屋根を何枚も描いているが、これらが『暮しの手帖』の表紙を飾ることはなかった。
by sumus2013
| 2016-12-04 20:29
| 古書日録
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Comments(2)
たびたび闖入して恐縮ですが、小生も花森の横文字の多い表紙には、いまだ疑問です。というのも小生は入社早々「むつかしい漢字や横文字をつかえば文章が高級になると思うな」と編集会議で叱られました。
花森の洋館や横文字好きは、花森が明治に生まれ、神戸で育ったからか、と考えるのが素直な気がしていますが、占領下の日本では、GHQの検閲があったこともたしかで、「まさか」というのも、あながちまちがってはいない、とうがっています。
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神戸は今以上に横文字の目立つ街だったでしょうね。たしかに、そこで生まれ育ったという影響は無視できないと思います。ファッションに対する寛容さというか自由さも、そのあたりから生じているのかもしれません。
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