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林哲夫の文画な日々2
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乳房の神話学

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ロミ『乳房の神話学』(高遠弘美訳、角川ソフィア文庫、二〇一六年九月二五日)読了。じつに面白い。ロミの著作はかつて『突飛なるものの歴史』を紹介したが、本書は徹底的にサン(sein, おっぱい)にこだわった内容である。
神話学とタイトルには学があるが、じつはロミは学など歯牙にもかけていない。骨董屋や酒場を経営していた数寄者、物数寄、コレクターである。みずからの興味のおもむくままあっちのテトン、ニション、ネネ(いずれもオッパイの俗語、巻末には「乳房用語集」なる小辞書も備える、もちろんフランス語だけです)をちょいちょいとつまんでごらんよワン、ツウ、スリーという感じ。それがじつに愉快。思わず吸い込まれる、というか吸い付いてしまう。

いろいろ教えられるところは多かったが、個人的に印象に残った部分を取り上げてみる。まずヴァン・ドンゲンの「鳩と女」と題された絵が一九一三年のサロン・ドートンヌで警視によって外されたという事実、知らなかった。乳房も陰毛もあらわな全裸の女性が描かれていたとしてもおフランスである、いくら第一次世界大戦の前夜だとは言ってもそんな事件が起こるとは……信じ難い。黒田清輝の「朝妝」が腰巻き展示を強いられたのが明治三十四年(一九〇一)だから(それ以前には何度もそのまま展示されていたにもかかわらず)保守反動もいいところ。

もうひとつ、フランス女性の乳房の大きさについて。一九五五年に高等専門学校人類学研究所所属のシュザンヌ・ド・フェリス嬢が提出した学位論文はフランス女性の身体の発達についてだった。このなかで乳房の研究にあてられた部分はすこぶる興味深いという。そこからいくつかの数字が引用されている。そして

《彼女の結論。フランス女性の四分の三以上が「平均的な大きさの乳房、豊かな乳房、大変豊かな乳房」をしていて、小さな乳房、ごく小さな乳房は少数派(二三・一八パーセント!)である。》

このくだりを読んで思い出したのが山田稔さんがフランスへ初めて行ったとき女性の胸が大きいのにびっくりした、というか気圧された、とどこかに書いておられたことだ。これは直接ほぼ同じことを山田さんの口からも聞いた覚えがあるのだが、どこに書かれたものかすぐに思い出せない。『コーマルタン界隈』かなと思ったが、ざっと見たところでは見つからない。『マビヨン通りの店』をめくってみたら、そこに加能作次郎の「乳の匂ひ」についてのエッセイ「富来」にぶつかった。フランス女性のバストサイズとは関係ないが、乳房の文学ということで「乳の匂ひ」はピッタリではないか。これはフェティッシュですよ。さすが加能作次郎。

訳者の高遠氏はご自身も乳房コレクターでいらっしゃる。本書には文学のなかに乳房を博捜した「乳いろの花の庭からーーロミのために」が収められており、これもまた一読三嘆。乳房で読む日本文学アンソロジー! 日本人も決して乳房をおろそかにしていたわけではないのだ

《乳房という窓から覗けば日本文学も、またあらたな相貌を見せてくれるに違いない。私たちに陶酔と悔恨をあたえ、情欲と憧憬とをかさね、肉体と魂とを融合させ、視覚と触覚と味覚を一挙に満たしつつも、永遠の渇望状態に置く乳房なるものの現在[プレザンス]。》

あるいはこうも。本書の

《逸話や関連する図版は理論を振りかざすよりはるかに乳房の魅力を私たちに伝えてくれる。もし座右に置いて繰り返し読む乳房にまつわる本を選べと言われたら私は躊躇なく本書と、本書にも引かれているラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナの散文詩集『乳房』(邦訳は抄訳。フランス語版は新書型で三百ページを優に超える)を挙げるだろう。》

失礼を顧みず三好達治ふうに言えば HIROMI のなかには ROMI がいる。

本書の元版はジャン=ジャック・ポヴェール(九月二十七日が三回忌)から「国際性愛研究叢書」第十六巻として一九六五年に刊行されたもの。ネット上で見つけた初版の表紙は下のようなもの。ソフィア文庫の表紙も悪くないが、さすがポヴェール版という表紙である(絵はベルナルディーノ・ルイニ「聖アガタ」)。

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 夢で子に乞われるままに与えたる乳房ひやりと皿に盛られて 大田美和


この歌は訳者のコレクションより。

by sumus2013 | 2016-10-10 21:51 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented at 2016-10-11 23:46
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2016-10-12 17:12
久々にわくわくした読書でした!
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