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林哲夫の文画な日々2
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蕪村と小豆

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『蕪村句集講義 春之部』(俳書堂、一九〇八年一〇月一五日七版)。初版は明治三十三年、同年中にまず冬、そして春、夏、秋と併せて四冊刊行された。本文の組が同じ同名書が、ほとゝぎす発行所からも出ている(印刷所は恵愛堂、俳書堂版は国光社)。重版なので軽く見ていたが、日本の古本屋に登録されているものはそれなりのいい値段である。

蕪村の句を取り上げて、鳴雪、子規、碧梧桐、虚子、青々らがそれぞれの感想を述べている。元は雑誌『ホトトギス』に連載されていた。一例を引く。

   やふ入の夢や小豆の煮るうち

黄塔氏曰く。》《此句は薮入に帰つた愉快な夢を見たのが、小豆の煮えるうちであつた、即ち黄梁一炊の夢といふたやうなのであるか、又た薮入りして居るうちにうたゝねでもして、夢を見たのが、真に小豆の煮える間だつたといふのであるか。》
鳴雪氏曰く。》《こゝは女の宿元へ帰つた時の場合と思はれる。一体がやさしくあはれな所の様が現はれて居ると思ひます。》《もう復た奉公先へ帰らねばならぬ》
《子規氏曰く。私は黄塔氏の第二説でをつた。薮入りに帰つて居た時で、夢を見たのが黄梁一炊の感がすると思ひます。うたゝねして居つて、実際夢を見たのでせう。
尚は夢に就きて種々議論ありしも果てざりき。
 子規附記。四明氏報じて曰く喜びには牡丹餅つくる田舎の習ひなれば小豆と置きたる殊に妙なり云々。》

小生は黄塔氏の第一説と思う。「やふ入の夢」を素直にとればそうなる。親元に帰った子が小豆を煮るのというのはいかがなものか。まして喜びに煮るのなら母か祖母であってほしい。帰郷して手伝っているとも考えられないわけではなかろうが、奉公先で小豆を煮るから夢の意味が重くなるのでは。

それはいいとして、こんな一枚の文書が挟み込まれていた。

f0307792_19494356.jpg


何とも小豆を煮るのにピッタリの内容ではないか。「やふ入の夢や小豆の煮るうち」を読んで牡丹餅が食べたくなった……わけはないか。しかしこのくらいの文書でもよく読めないのは情けない。例によって御教示、ご意見を。

   キ

一 白餅五升
一 玉サト五斤
一 小荳三升
右堂内へ御渡し相成度
当口御願申上候以上
二月三日  綱太郎
万作様


豆としていたところ御教示により荳に換えた。「渡」はややくずし方が違うような気もするが、これでいいというご意見をいただいたので渡としておく。「当口」は「当日」ではないかとも? 万作と直したところ方作かとも思い「力作」ではないかというご意見もいただいたが、万作が名前としてはいちばん妥当だろう。

by sumus2013 | 2016-07-10 21:00 | 古書日録 | Comments(0)
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