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魚藍吉岡実『魚藍』(深夜叢書社、一九七三年八月二八日、装幀=橋本真理、限定八百部)を頂戴した。深謝です。吉岡による「後書」にいわく 《神田の珈琲ハウスで、私は斎藤慎爾と会った。二、三回目であったが、独りで深夜叢書社をやっているこの青年(彼のみでなくそのような人たち)に、私はいつも畏敬の念を持っている。長い雑談のあと、《魚藍》を出版したいといわれ、私は当惑した。 いまさら一冊の本にするようなものではないと思ったからだ。しかし彼は執心し、そして同席していた橋本真理が装幀・造本を引受け、二人で美しい本をつくるからと云った。「すきなようにしてくれ」ーー私はすこしもタッチしないことにした。だから、これは二人がつくってくれたものである。》 『魚藍』については「吉岡実書誌」(小林一郎編)を参照するにしくはない。 吉岡実書誌(小林一郎編) 元本は一九五九年に吉岡の結婚式の引き出物として七十部だけ製作されたそうだ。斎藤青年の目の着けどころがいい。ただ本としてはノド開きの悪さも含め上出来とは言えない。 本書に収められている吉岡のエッセイ「救済を願う時ーーわが十代の歌集《魚藍》ーー」(初出『短歌研究』一九五九年八月号)はたいへん面白い内容である。吉岡は随筆家としてもすぐれている。 《一読して誰の影響をうけてたかは、すくなくとも短歌の好きな人にはわかるであろう。このなかのほとんどが、北原白秋の《花樫》(桐の花・雲母集・雀の卵・葛飾閑吟集などから抄したもの)、やや違うがその頃、愛読した《佐藤春夫詩抄》の抒情が色濃く現われているから。私が白秋の歌集になじんだのも、ひとつの偶然にすぎない。私の家の二階に筆耕をしながら孤独な生活をたのしんでいた盛岡生れの長髪の青年がいた。食うや食わずでいるのを見かねて、母が食物などを持って行くと、きまって不気嫌[ママ]になった。少年の私としか話をしない狷介の人、のちにすぐれた書家となった佐藤春陵氏である。あるとき、彼がゴリキイの「どん底」を熱っぽい口調でよんでくれた。私にはいまでもその夜のことが、はっきり思い出される。私が文学へのあこがれを深めたのは、この時からはじまったのだから。その彼が幾冊かの改造文庫をくれた。白秋、牧水、夕暮、啄木の歌集である。私は与えられたものを当然のように受入れてよみはじめ、模倣しながら短歌をつくりだした。極端に美意識のつよい私は、誰よりも《桐の花》の歌人白秋へ傾倒した。》 佐藤春陵(樹光)についてはよく分らないが、興味を惹かれる人物である。 《昭和十六年の夏、私は出征することになった。リルケの《ロダン》と万葉集と《花樫》がとぼしい私の持物だ。満州へやられた。遺書のつもりで、それまでに書いた詩篇三十三を《液体》一巻に編んだ。幸い遺書にならず、戦後、《静物》、《僧侶》を刊行できる幸運にめぐまれた。》 この本にはリブロの書皮がかかっていた。
by sumus2013
| 2016-06-05 20:39
| 古書日録
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Comments(2)
Commented
by
小林一郎
at 2016-06-06 22:49
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「魚藍」、楽しく拝読しました。
たまたま白秋の詩歌と吉岡実のことを調べていたところなので、 「救済を願う時」の引用箇所が同じで、意を強くしました。 題して「吉岡実編《北原白秋詩歌集》」。 もちろん、そんな本は実在しませんが、一種の思考実験として。 (6月末の定期更新でアップの予定です) リブロ、なつかしいですね。 ぱろうるもなくなったし、池袋の詩書は手薄になりました。
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Commented
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sumus2013 at 2016-06-07 07:30
吉岡実編《北原白秋詩歌集》! 素晴らしい。読ませて頂けるのを楽しみにしております。リブロ、アール・ヴィヴァン、西武美術館など……たしかに一時代を築きました。
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