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林哲夫の文画な日々2
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安吾に怒られる

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とっくに取り上げていると思ったが、まだアップしていなかった太宰治『人間失格』(筑摩書房、一九四八年七月二五日、装幀=庫田叕)。石井立の編集本。この本は何冊も買ったが、買った回数だけ手放した。今残っているのは少々状態が悪い。しかし何と見返しには浅草御蔵前書房のレッテルが! 筑摩書房の真向かいにある渋い古書店。

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もう少し石井のことを引用したい。筑摩書房の手違いから坂口安吾の『信長』(一九五三年五月一五日)の印税が税務署に差し押さえられたことがあった。そのとき安吾は激怒したらしい。それに対する石井の詫び状の下書きが残されている。

《小生編集者生活七年になりますが、今日ほど怒られて心肝に徹すると同時に、心がカラッとした思いを味わったことは初めてです。以前から、先生の反俗的な文学が好きでしたが、今日初めて「反俗」ということをわかり直したような気がいたします。これほど痛快で全く一言もない怒りにあったことは、初めてです。》

《五月中に、僕は七冊の本を出す責任を負わされました。それが出せなければ筑摩がつぶれるというのです。七冊の本を出すということは、いわば殺人的です。人間的な気持ちが失われたと思います。しかし、僕は自分の気に入った本を、気に入った形で自分の理想通りにして出すことがとにかく好きなので、文句をいわず全力を盡しました。結局五冊であとは六月上旬に廻りましたが、それにしても五日に一冊の割です。僕は凝り性なので、一冊一冊に心をこめて作ります。先生の本も、そういっては何ですが、先生の今までの本のどれよりも美しく立派に(筑摩の事情が許せるかぎり)用紙などもいろいろ考え、校正も校正部に當せた外に二度やって会心の出来だったと、自分は思っているのです。そんな自負も一つはありました。》

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税金のことで激怒するのが「反俗」なのかどうか……それはともかく、この時期(昭和二十八年前後)の筑摩書房の厳しい編集事情がよく分る内容である。敗戦直後の出版ブームが去ってとにかく点数でかせがなければならない、そんな様子が見えるようだ。

石井立が古本者だったらしいことは壷井栄の追悼文(「軽井沢の石井さん」)に次のようにあることから想像できる。

《以来石井さんには仕事の上でずっとお世話になりっぱなしで、初め15巻で出発した私の作品集が25巻になったりしたのも、石井さんの力添えなしに考えられないと、今でも思っている。あとの十巻では苦労が多く、全然見当もつかなくなった行方不明の作品を古本屋でさがしだして下さったり、図書館へ写しにいって下さったりして、やっと出来上がったのであった。》

石井の遺品のなかには絵画資料も少なくないようだ。小熊秀雄のデッサン、難波田龍起のタブロー、中川一政(『信長』の装幀原画他)、硲伊之助の挿絵原画、そして驚くのは麻生三郎の裸婦デッサンと挿絵四点(未使用?)である。石井の絵画的センスの良さを感じさせるコレクションだ。

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麻生三郎画


麻生三郎は本の仕事を多く残している。神奈川県立近代美術館鎌倉別館では「麻生三郎の装幀・挿画展」が二〇一四年から翌年にかけて開催されたようだ。見たかった。

『帖面』

麻生三郎『イタリア紀行』

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ひとつ残念なこと。「できるかぎりよき本 石井立の仕事と戦後の文学」には石井立のポートレートが掲載されていない。桜桃忌に撮影された記念写真などがあるようなのでいずれ確認してみたいが、『別冊太陽 太宰治』(二〇〇九年)ではキャプションで檀一雄と間違えられているそうだ。

by sumus2013 | 2016-05-30 20:54 | 古書日録 | Comments(0)
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