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ヨーグルトおばさん堀江敏幸『その姿の消し方』はフランスの古絵葉書に記されていた「詩」とその作者について書かれた物語である。小生も最近は古絵葉書を漁ることに愉しみを見出しているので(主人公が絵葉書を探すシーンはとくに興味深く読んだ。以前は絵葉書を繰るのがかったるいと思ってチラッとしか見なかったのだが、最近は絵葉書の愉しみに目覚めたのだ。何しろ安い、0.5ユーロから買える。 《古物市に出くわすたびに絵はがき屋を探し、該当県の箱を漁ってみる。手ぶらで帰らず、店番の人にこういうものがあったら連絡をくれと頼んでおく。それを半年以上重ねたある日のこと、ロワール地方の店から、お望みの品らしき一枚が入荷したので購入を希望するかどうか知らせてほしいとの封書が送られてきた。》 《私は古物市のスタンドだけでなく専門店にも足を伸ばして、アンドレ・Lの詩と「彼の家」の絵はがきを探し求めた。》 《ところが、二枚目のはがきを買ってから一年半後、私はもう一枚、アンドレ・Lの言葉を、今度は露店ではなく、入場料を取る大きな古物市の店で手に入れたのである。二度目の奇跡はもう奇跡ではなくなる。驚きよりも喜びが勝った。》 ひょんなことから「私」は市場でピランデッロの演劇ポスターを買った。そのとき隣に店を出していた絵葉書屋のおばさんからも声をかけられた。このおばさんがいい。 《視野の左手に流れた横並びの木箱、そして図書カードみたいに分類されたはがきの塊の色ですぐにわかる。ここだよと、おばさんは私を見ながらすでに指をさしている。役者さんの絵はがきはここ、映画のポスターを縮めたやつはここ。申し訳ないけれど、とくに演劇に興味があるわけではないんです、たまたま芝居のポスターを買っただけで、と私は正直に告白した。じゃあ、なにに興味があるんだい。彼女は目を見開いてこちらを見る。フランス西南部の地名を口にすると、おばさんはなんだい、声を掛けてみただけなのに、ちゃんと探しものがあるとはねと言い、黄色いインデックスが飛び出ている箱のひとつをさっと流してよこした。》 うん、うん、こんな感じである。 《ひととおり見終えたとき、正面でかちゃかちゃなにかをかき混ぜる音がするので顔をあげると、おばさんが小さなダノンのヨーグルトを食べていた。固形物ではないのにちゃんと噛んでいるところが、なぜか私の心をゆさぶった。昼を食べてないからね、二日酔いだし、あたしにはこれでじゅうぶんだ、とスプーンを口から抜いて彼女は言う。》 アンドレ・Lの絵葉書を見つけてからほぼ十年ぶりにパリにやってきたとき「私」は別の市場でもう一度このおばさんに出会う。 《フランス西南部のはがきはありますか。すると、あのときとおなじ表情で、おばさんはヨーグルトを食べながら、そこ、と口から出したばかりのスプーンの先を隅の一箱に向けた。そして自分では取り出さずに、好きに探しておくれとつづけた。声が以前より小さくなっている。》 前のときもこのときも「私」は鯨の絵葉書を買う。どちらも変らず二ユーロだった。 《二ユーロ差し出すと、スプーンを口にくわえて自由になった右の掌で彼女はそれを受け取り、腰の辺りに巻いた鯨みたいな形の黒いポシェットの底に、かちゃりと落とした。》 上の並べた絵葉書はパリで買ったもの。下はごく最近京都で買ったもの。
by sumus2013
| 2016-04-05 21:24
| 古書日録
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