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一頁のなかの劇場『一頁のなかの劇場 「日本古書通信」誌上映画文献資料目録全一〇七回集成』(稲垣書店、二〇一五年一二月一八日、非売品)をある方より頂戴した。映画文献にはほとんど興味がないので稲垣書店に何かを注文したことはないが(非売の本書は顧客および同業者に献本されたそうで注文二回以上の顧客名簿まで掲載されている!)、しかしそんな小生でもこの記録の厚みには驚愕するしかない。 《おととしより丸二年もかけ、客に売るための仕事は一切せず、市で不良在庫を売っては喰いつなぎながら、回収するつもりのない金を百万も叩き、売るつもりもないこんな本を出すなんて、オレってつくづくバカじゃなかろうかと思った。 それでも、これで、この三十有余年、店売りだけでは立ち行かなくなった当店の、土台を支え続けてくれた目録販売の全容が、結果的にせよ、明らかとなった。 ほかの多くの同業方のように、自前の目録ひとつ出せなかった私だが、「稲垣書店目録21のなぜ」の中でも書いたことだが、これを一冊の自家目録ととらえれば、三十年もかかってしまったが、これが最初にして最後の、「稲垣書店古書目録」と言えるのかもしれない。》(附記) 本書には目録再掲部分に続いて『日本古書通信』に発表されたエッセイとインタビュー記事が再録され、新稿の「稲垣書店古書目録21のなぜ」が付されており、これがまた読み始めると止められない面白さだ。並の古書店主のエッセイには決してうかがえない売り上げや利益に関する数字の披露(暴露か)がじつにエキサイティング。古本屋になりたい人が読んでおくべき(いや読まないほうがいいかもしれない)名言がちりばめられている。 《三百万で仕入れたのが八百万なら悪くないじゃないかと思われるかもしれないが、十年もの長きにわたりこれだけの手間暇をかけ、あらんかぎりの専門知識を総動員して励んだこちらとしては正直割に合わなかったとの思いが強い。少なくとも三倍にはしたかった。》(八箱三百万円ナリの映画スチール) 《とまれ古本屋として金を儲けようとするなら、なにより手間暇を惜しんではいけないということ、金のない人間が金を生むにはそれしかないということを、私は氏よりイヤッていうほど学んだ。》(みすみす逃した大映放出大口資料) 《それよりなにより、私はこの一件を通して、この商売先立つものは金なんだということを、イヤッていうほど思い知らされた。どんなに物を知っていようと好きであろうと、いくらこれを扱うには自分が一番ふさわしいなどと自負していようと、先立つものがなければ手中にできぬ。》(止値一千百万円の衣笠貞之助資料) 《こんなくやしい思いを二度とせぬためにも、私は生まれて初めて蓄財ということを意識しはじめた。もともとケチではあっても金には恬淡としていた私だったが、これ以降はいった金は極力使わず、家も直さず物も買わず旅にも出ず、たまかに暮らしてはひたすらいつか来るだろう日のための、仕入れ資金の温存に相つとめた。おかげで十年たたずして、一千百万円の資料なら買えるほどの貯えはできた。人並みに子ももうけず、女房を働かせ、身内の家にはいりこんで家賃も払わなけりゃ当り前だよと先代に皮肉られながらも、さらに十年を経ずして、もう一つ買えるようにもなった。》(止値一千百万円の衣笠貞之助資料) 大人になるというのは「先立つものは金なんだ」ということに気づくことではないかと小生は常々思っている。まさに人格におけるアイデンティティの発見ようなもので、この世の中どこで何をしても「先立つものは金なんだ」。大人なら誰でも分っている。しかしその高い(あるいは低い?)ハードルをやすやすと乗り越えられる者はそう多くない。気づいてすぐに手間暇惜しまず蓄財にかかれるのはひょっとして大人ではない? ヴィジョナリーではないか。ま、それはともかく、かたくななまでに清々しい古書目録の記録である。
by sumus2013
| 2016-03-24 20:54
| 古書日録
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