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林哲夫の文画な日々2
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ソファーと人間椅子

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クレビヨン・フィス『ソファー』(伊吹武彦訳、世界文学社、装幀=庫田叕)を均一で拾った。惜しいことに奥付がない。破られた形跡もないので落丁だろう。初版は昭和二十四年二月で再版も出ている。

世界文学社についてはかつてまとめた記事があるので参照していただきたい。

クレビヨン・フィスについては伊吹の「訳者後記」を引いておく。

《クレビヨンの名は、詳しくいへばクロード・プロスペール・ジョリオ・ド・クレビヨン Claude-Prosper Jolyot de Crébillon 普通にはクレビヨン・フィス(息子クレビヨン)Crébillon fils と呼ばれてゐる。といふのは、父のクレビヨンもーー今はほとんど忘れられたがーー十八世紀のはじめに沢山の悲劇を書いて名声のあった作家なので、それと区別するための俗称なのである。ちやうど『三銃士』を書いたデュマに対し、『椿姫』を書いたその子のことを、デュマ・フィスといふのとおなじである。

クレビヨンは一七〇七年にパリで生まれ、一七七七年にパリで死んだ。エスイタ派の宗教学校に学び、入門をすすめられたが、それを拒んで社交界に入り、劇場やサロンに出入して、十八世紀の頽廃的空気を十二分に呼吸した。性格は実直謹厳であつたが、作品は当時の趣味にかなつた好色物で、ルイ大王の愛妾ポンパドゥール夫人の進言により流刑に処せられたことさへある。しかし数年後にはまた宮廷に返り咲いて、役柄もあらうに出版検閲官となり(父クレビヨンもさうであつた)、他人の作品の風俗壊乱を取締つたのであるから面白い。》

《ここに訳した『ソファー』は、クレビヨンの作品でも最も有名であり、出版当時はフランスのみならずイギリス、スペインなどでもひろく読まれた。》

《クレビヨンの全作品は一七七九年、全七巻にまとめてロンドンから出版された。私はこの珍しい十八世紀本によつてこれを訳した。》

『ソファー』は『千一夜物語』に登場する王様シャー・リアルの孫シャー・バハムの退屈しのぎのため廷臣のアマンゼイが不思議な体験を語るという形をとっている。アマンゼイは輪廻転生を信じるバラモン教徒であり、彼はバラモン神の刑罰によって前世の自分はソファーだったと語り出す。しかも都合のいいことにあちらのソファーからこちらのソファーへと思いのままに移動できるのだと。自らの魂が宿ったそのソファーの上で繰り広げられた男女の営みをアマンゼイはサルタンに語って聞かせる。

こういう種類の小説を英国では「モノ語り」(it-narratives)と呼ぶそうで、十八世紀の後半に大流行したのだそうだが、そのそもそものきっかけが『ソファー』やドニ・ディドロの『お喋りな宝石』にあったと言われているそうだ。

「1751年の「紙の戦争」とモノ語りの増殖」内田勝

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本文からさわりを少々、

《前をほとんど開けた軽羅ただ一枚が、やがてゼイニスの装いとなりました。そして姫はぐつたりと私のうへに身を投げました。ああ、私はいかに夢中に姫を迎へたことでござりませう。》

《私が熱情をこめてゼイニスに想ひを馳せてをりますとき、ゼイニスは、からだを動かし、寝返りを打ちました。ゼイニスの取つた姿勢は、私には何より好都合でありますゆゑ、私は心乱れながらもそれを利用しようと考へました。ゼイニスは横向きに寝てをりました。頭はソファーのうへの一つのクッションに傾き、口がそれとすれすれになつてをります。私はバラモンの厳しい掟にも拘りませず、欲望のはげしさを少しは満足させることが許されてゐました。私の霊魂はそのクッションのうへ、ゼイニスの唇の間近に乗り移り、やつとのことで、その唇にぴつたり寄りそふことが出来ました。》

……これは、ひょっとして、あの江戸川乱歩の「人間椅子」ではないか? 状況設定は全く違えども椅子に同化して美女と接する愉悦を得るという眼目のアイデアは同じである。「人間椅子」は『苦楽』大正十四年九月号が初出だそうだからむろん邦訳はなかっただろうが、上記のように英国では有名な作品だったから英文では読めたはず。もちろん言うまでもなく小説としては比較にならないくらい「人間椅子」の方が面白い。ただそうだとすれば退屈な作品から秀逸な物語を再構築する方法、江戸川乱歩の創作のメカニズムを考察する上で『ソファー』はそれなりに重要な作品なのかもしれないと思う。

by sumus2013 | 2016-01-18 20:37 | 古書日録 | Comments(0)
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