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林哲夫の文画な日々2
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ビュラン版画家協会

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『SOCIETE DES ARTISTES GRAVEURS AU BURIN』(1905)、ジョルジュ・ブラッサンス公園での見つけもの。「版画家協会」と分りやすくしておいたが「ビュランによる芸術彫版師協会」。ビュラン(burin)は銅版画用の彫刻刀のこと。
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アルティスト(芸術家の)という形容は職人の(アルティザナル)と区別して言うようだ。本文の最初の頁に沿革が記されており、それによれば一八八二年に版画の名匠だったフランソワ・ファイヤール(不詳)がジュール・ジャケ(Jules Jacquet, 1841-1913)、シャルル・ワルトネ(Charles Albert Waltner, 1846-1925)、アシール・ジャケ(Achille Jacquet, 1846-1908)らの版画家たちとともに創設した。少し検索したが、この団体名そのものがヒットせず、以後の展開については不明である。

現在も存続する「フランス版画家協会」(Société des peintres-graveurs français)は少し遅れて一八九一年に設立されている。こちらは画家であり版画も手がけるブラックモン(Félix Bracquemond, 1833-1914)が提唱しメアリー・キャサット、カミーユ・ピサロ、ロダンら有名な作家たちも会員として名を連ねていた。

そういうことは今調べて分ったこと。買ったときには(言うまでもなくたいした金額ではなかったが)表紙の画がそれこそビュランによる銅版刷りだから貴重ではないかと思ったにすぎない。サインは「J.Patricot」

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内容は沿革の他に会長他役職名、協賛者、名誉会員、会員、物故会員などの名簿である。この時点での名誉会長は二人居り、レオポルド・フラマン(Léopold Flameng, 1831-1911)と創設者の一人であるアシール・ジャケ(Achille Jacquet, 1846-1908)、会長はアベル・ミニョン(Abel Mignon, 1861-1936)。協賛会員にはベルギー王レオポルド二世やロチルド(ロスチャイルド)男爵の名前も見える。

会長のミニョン氏は著名な版画家であったが、同時に数多くのフランスの切手の図柄を彫刻しており、他にもダホメ、ガイアナ、マダガスカル、モロッコ、セネガル、チェコ共和国などの切手も手がけていることで知られるという。まあ、どちらかと言えばアルチザナルな版画家たちの協会のようにも思えるのであった。

by sumus2013 | 2016-01-13 20:45 | 古書日録 | Comments(0)
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