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林哲夫の文画な日々2
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游魂

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吉川幸次郎のことを書いたので序でに『富士正晴作品集』(岩波書店、一九八八年)の二に収められている「游魂」という小説のことも書いておく(初出は全国書房の『新文学』昭和二十四年二月号)。これは富士正晴に対して吉川幸次郎が個人的に依頼した小説だったそうである。

《昭和二十三年(一九八四)の秋ころか、吉川幸次郎が妙な注文をわたしに出してびっくりさせた。何故そのような注文を出す気になったかのか、たずねたこともないから判らないが、たずねておけばよかったと今頃気がつく。》(吉川幸次郎 游魂の煙草代)

《こういうことを二つ書いてもらいたい。その一つは、わしは儒者やから死後の世界というものはない筈なのだ。ところが、わしが死んでみると、その死後の世界があったということ、その二つは大阪と神戸との間で、阪急が右や左へ傾くだろう、山の方へ傾いたり、海の方へ傾いたりする。わしはあれが好きなんや。この情景も入れてもらいたい。是非書いてほしいことはこの二つやね。これで小説を書いてもらいたい。》(同前)

そして何とも奇妙な苦労と楽しみの果てに小説は出来上がった。こんなふうに始まる。

《それは暁方であったのだろうか。うすら白い光が曇った硝子戸越しに室の中をぼんやりと満たして居り、本のギッシリつまっている本棚は古めかしい断層のように書物の背を並べていた。そして室の机や椅子のあたりにも霧のようにうす暗い闇の尾がただよい、心細い蚊の鳴き声がどこかに一筋たちのぼっているようだ。このたちのぼるという言葉がおかしい、どこか変なところがある、これは随分推敲の余地があるのではないか、そう思った時、私は自分が昨夜の夜更に死んだ(!)ということに愕然とするのだった。》(游魂、以下同じ

つづいて死者(吉川)はウィリアム・ジェイムスの逸話についてひとくさり述べた後、「在物亡人」という熟語の出典を探そうとして書棚へ近づく。

《私はあわて乍ら自分の著書の並べてある次の室へと急いだ。すると私は立て切ってある襖を何の抵抗もなく通り脱けたことに気付くのだった。しかも私が次の室へと動いて行ったその急激な行動には何の肉体的努力感もない。私は自分の肉体がどこかへ喪われてしまっていることを今更ながらエアポケットに転落する飛行機が感じるように感じた。》

……とこの小説は少々新感覚派ふうに死に対する思索をどんどん展開させてゆくことになる。むろんそれは実際に読んでもらわないと響いてこないと思うので紹介は控えておくが、ひとつだけ、吉川の師である狩野君山についての逸話は引用しておきたい。

《私の故(な)くなった老先生は或日、例の皮肉屋の若い小説家がこのごろ何して暮らしていらっしゃいますかとさも御退屈だろうと、底意を秘めて問うたのに対して、君、書物を読んでいるよ、これから何十年生きたところで読みきれない位なのだと答えられた。ために小説家は圧伏され、今更ながらに読書人の生活というものが強いゆるがぬ積極性に満ちあふれた豊饒のものに見えた、老いてはあれに限ると私に語ったことがある。》

この若い小説家は富士正晴であろう。富士は青年時代からどういうわけか狩野老先生と仲良くしていたらしい。そして游魂吉川はこう続ける。

《私にも思い出はあるのだ。恰も喜寿に達せられ、矍鑠として読書に専心していられる老先生の面影。このごろは本を読むと疲れて困るとの仰せに、毎日どのくらいお読みですかと伺うと、朝八時から晩十時まで読んでるよ、とけろりとしていられた。あの怠け者の小説家が圧伏されたのは当たり前の話、虎のひげをひっぱったに等しいことである。その充実した読書生活が、どこへ行こうと思えば閉鎖された書庫であろうと個人公共の別もなく浸透し飛行往来出来る強みを加えるとなると、自由自在のものとなり、時間も際限なくたっぷりと我がものであるこの死後の生活は何とも頼もしいものと言わねばならない。》

ううむ……死んでも治らない、ようである。


by sumus2013 | 2015-08-29 20:46 | 古書日録 | Comments(4)
Commented by 牛津 at 2015-08-29 23:40 x
ヘンリー・ジェイムズの誤りではないでしょうか?兄のウィリアムは小説家ではありませんので。
Commented by sumus2013 at 2015-08-30 08:26
失礼しました。小説ではなくアクセル・ムンテが書き残している逸話でした。訂正いたします。
Commented by やす at 2015-08-31 02:54 x
お久しぶりです。
恰度いま、昭和23年当時の先師の日記を起し終へたところなのですが、関西にあって富士正晴のことが一箇も出て来てないのがふしぎです。吉川幸次郎もちょろっと、亡くなった狩野君山の記事も追悼号雑誌を買ったとだけしか。学界にもグループがあったんでしょうね。ちなみに天野忠のリアル書房には、京都へ引越してからの常連となってをります(笑)。
Commented by sumus2013 at 2015-08-31 08:24
田中克己日記の公開、貴重なお仕事です。個人的には養徳社についての重要な記録だということと、将棋好きだったところにも興味をもちました。淀野隆三の名も出ていますね。伊東静雄とは親しいようですから富士正晴を知らないわけではなかったのでしょう? 24年以降も楽しみにしております。
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