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林哲夫の文画な日々2
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帝国軍隊に於ける学習・序

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暑いなかで富士正晴を読んでいる。富士の戦争ものはほとんど読んでいなかったので暑気払いのつもりで。戦記文学に往々見られる自己正当化がきわめて貧弱であり、あまりに自らを下等の兵隊と定義することが極端なため、かえって疑わしいほどである。

富士の筆は日本の兵隊たち個人についてとともに、特別な愛情をもって中国庶民を生き生きと描き出す。苦力(クーリー、徴発農民)と呼ばれる荷運びや雑役を行う地元の人々、老人や少年、女。盗賊団同様の帝国陸軍に散々にこきつかわれる素朴な(そしてしたたかな)人々だ。明らかに彼らの方が日本兵よりスケールが大きく描かれている。この視点こそが富士の真骨頂であろう。

それにしても富士の所属した陸軍は現代で言えば例のイスラム国とほとんど変らなかった。

《わらわれは何時も人さらいであった訳ではない。けれど、米や弾薬や日用品を運搬する手が足りない時には、遠慮もなく行きずりの人や、谷間に逃れてかくれている人を徴発した。われわれ自身が将来に計画をもち、せっせと働いているところを国家に遠慮もなく徴発された覚えのあるものであり、そのために現在こうして言葉も判らぬ大陸に渡り、そんな仕事をやりたいと露思わない殺人強盗強姦空巣放火家こぼちの職業につかされているのであって見れば、他人がわれわれにさらわれることなどに全然何の印象も反省もないのも当然のことと言えるだろう。すべてはなれ[二字傍点]である。習慣というものは反省など入りこむすきはないものだ。》(素直な奴)

富士の戦争小説(本当の意味での小説ではないかもしれない、「野火」などと較べるとそう思ってしまう。これは富士の文学的な性質の問題であろう)を読んでいると、どうしても洲之内徹の戦争小説を思い出さないわけにはいかなかった。むろんそれはこれまで小生がいちばん熱心に読んだのが洲之内の戦争小説群だからである。富士が洲之内徹を読んだらどうかな、きっと面白がるのではないかな、などと思いながら読み進めていると、まさにピッタリな言及があった

《最近、現代書房から出た洲之内徹の『棗の木の下』という戦争小説を読んだ。洲之内徹はわたしのような平凡な一兵卒としてでなく、兵団の上級司令部である第一軍司令部の佐官待遇の軍属であり、対共調査班の班長であり、その司令部のあった山西省太原で、司令部の外の街のなかに公館を持ち、主として元中共兵の俘虜である班員たちと一緒に、そこで起居していたという特殊な戦争参加者なのであった。そうした中共兵の俘虜を使っての特務工作の戦争小説であり、いわば私小説的なと、けなされそうな面もあるのだろうが、この複雑できめ細かい良心的な転向者の班長の小説は実に面白かった。》(戦争小説ーー私の場合)

洲之内の戦争小説をここまで褒めちぎっている文章は初めて読んだ。たしかに富士が感心するような面もあるかもしれない。しかし洲之内の小説の本質は芥川賞候補になったとき審査員の宇野浩二が切って捨てた言葉「自分ひとりを大事にしすぎる」……これに尽きると思う。逆に言えば、富士にはこれが無さ過ぎる。小説というのは結局そこに極まるのではないか。過ぎたるは及ばざるがごとし、とはけだし名言なり。





by sumus2013 | 2015-08-06 20:20 | 古書日録 | Comments(6)
Commented by yf at 2015-08-07 20:17 x
 何でも無いようで重要な富士正晴の小説を読む会に2回出席したことで、大いに刺激を受けました。亡父は朝鮮、中国と
商用で旅行しており、「この戦争は負ける、しかし勝たないと、裏返しの仕返しを受ける」と申して居りましたが、あに図らんや、我が国を占領したのが、「自由をうたうアメリカ」だった。幸運しかないと申して居りました。
 余談ですが、茨木市駅から乗った阪急バスが「阪急発行のラガールカード」が使えなかった事です。同じカードで「京阪電車」「大阪地下鉄」などは使用可、ヘンなカードです。
Commented by sumus2013 at 2015-08-07 20:26
富士の作品を読むと戦争の実際はまさにこういうものなのだなと思わせられます。
カードの不便さとはそういうところにあるのですね。
Commented by yf at 2015-08-08 10:36 x
 「富士正晴さんを読む会」で、中国から帰国した「旧日本兵」が、「戦争を語らない事」の意味がよくわかります。災難は一般庶民が「受難」します。小生は徳島に疎開中、空襲を受け命からがら、吉野川鉄橋を渡って「寄留していた親戚の人達と逃げ」翌朝、帰宅(隣まで被災)黒焦げの死体を沢山見ました。日中、アメリカ機が一機が検分のためか、来襲、タラップから米兵が立って見ていたのが、小生が外人を初めて見た経験です。
Commented by arz2bee at 2015-08-08 11:56 x
須之内徹 嵌まった一人ですが宇野の一声 成る程、腑に落ちた。
Commented by sumus2013 at 2015-08-08 19:13
yf さま たしかにその通りですね。ただ「庶民」とは誰か? という疑問はいつも残ります。
Commented by sumus2013 at 2015-08-08 19:15
arz2bee さま さすが宇野浩二と思います。ところが、その洲之内のナルシスが美術エッセイでは見事に開花しているのです。不思議ですねえ。
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