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箱の中のユートピアデボラ・ソロモン『ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア』(訳=林寿美、太田泰人、近藤学、白水社、二〇一一年二月一四日、装丁=三木俊一)を読み出した。 「ジョゼフ・コーネル展」図録 実はこのコーネルの伝記、初めてメリーゴーランド京都で個展をさせてもらったとき、同書店の棚に挿してあった。買おうか買うまいか、かなり迷った末に買わなかった本なのである。その本と同じ本かどうか知らないが、四年ぶりにやっと買う決心がついたというわけだ。 コーネルの行動をいちいち精神分析的に解釈する記述が鼻につくのを我慢すれば、まずは、読みやすく書かれている。翻訳も悪くない。十八歳のコーネルはマンハッタンで布地のセールスマンとなった。 《コーネルにとって慰めだったのは、マンハッタンに来られることだった。後年、彼は、一九二〇年代を懐かしさをこめて回想している。そのもっとも大きな理由は「この巨大都市の沸きたつような暮らし」の中に投げ込まれたことである。コーネルは熱心に町を歩き回った。どこへでも歩いて出かけ、人々や鳩、建物の窓に映る影、各所に立ち上がってくる高層建築、ここに最初に住み着いたオランダからの入植者たちが住んでいた何世紀も前の煉瓦造りの家並など、目に留るすべてを熱心に見つめた。》 《またマンハッタン南端部はまったくの別世界だった。たいていの芸術家はグリニッチ・ヴィレッジのカフェやキャバレーに惹かれたが、コーネルはもっと静かなその近隣の場所に関心を持った。彼は四番街近辺の古本屋を覗いてみるのが大好きだった。それらはアスター・プレイスからユニオン・スクエアの間に拡がり、町で一番長い書店街を形成していた。歩道には屋外用の陳列箱を出して、まるでパリの古書店にも匹敵するニューヨーク版の古本屋街であった。コーネルにとってはセーヌ河畔を歩くのと変らない喜びを与えてくれるものだった。古書店の店内はいつもほの暗く、狭い通路と傾いた床に本が溢れ返っていた。ビブリオ・タネン、シュルテス、アバディーン、グリーン・ブックスなどがそれら書店の名だった。木製の机の向こうにはスツールに腰掛けたふくろうのような店主がいつも待ち構えていたが、コーネルは誰かに話しかける必用はなかった。彼はだまって書物の山を掻き回し、遠い昔、はるかな国からやってきた絵葉書や版画を満載した陳列箱を漁った。常連になった古本屋のひとつに演劇関係を専門にするサイン・オブ・ザ・スパロー書店があった。あるときコーネルはこのカビ臭い本屋のことを「汲めども尽きせぬ快楽に溢れた隠れ家のような聖地」と評していた。彼が大切そうに古本をかかえてベイサイドに帰宅した晩は数限りない、外套は埃によごれていた。》 《カビ臭い》とか《埃によごれていた》といった表現は著者のデボラが古本好きではないことを示している。そんなことでコーネルの何が解るのだろうか、少々心もとないが、他人が書くのだから限界があって当然と納得するしかない。メリーゴーランドの来客の途切れた時間に読み進め、ようやく三分の一ほど、アメリカ人のシュルレアリストとしてパリで作品が紹介されたところまできた。読み終わるまではまだしばらくかかりそう。
by sumus2013
| 2015-07-19 20:28
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