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書生の処世荻原魚雷『書生の処世』(本の雑誌社、二〇一五年六月二五日)が届いた。『本の雑誌』二〇一一年から一四年に連載された「活字に溺れる者」に加筆修正、および書き下ろしコラム四篇。東北の震災を経験した著者の心の動きがが如実に伝わってくる。 申し訳なくも『本の雑誌』は読んでいないのだが、『scripta』(紀伊國屋書店出版部)連載の「中年の本棚」は毎号面白く読ませてもらっている。最新号に《ここ数年、新刊古本問わず、海外の「中年の危機」を扱った本を手あたりしだいに読んできた》とあって、いつものことながら凄いなあと驚きつつ少々あきれた。本書にも例えばこういうくだりがある。 《色川武大の編集者小説は消耗品として使い捨てられるフリーランスの悲話である。 そうならないためにはどうすればいいのか。 三十歳前後、それが知りたくて、それを考えたくて、手あたりしだいに本を読んだ。》 悩みの解決法を本のなかに探す……むろんそれは古典的な読書の動機のひとつには違いないと思うのだけれど、本を読んで悩みが解決するものなのだろうか? 魚雷氏はこう続けている。 《いくら読んでも、これさえしておけば大丈夫というような答えは見当たらない。》 しかし本を読むことは氏にとって仕事であり同時に人生の探求でもあるから、見当たらなくてもとことん読むしかない。 《ひまさえあれば本を読み、ひまがなくても本を読む。もはや惰性以外の何ものでもない。 その日の体調にもよるのだが、ある量を超えると頭が活字を受けつけなくなる。ときどき何のために読んでいるのかわからなくなる。自分の知りたいことは何なのか。そのあたりからわからなくなる。》 これはもうジャンキーと言っていい。では、知りたいことは何なのか? 著者に代わって断言しよう。本書を読む限りそれは「自分」である。 《彼らは躊躇や逡巡しながらも、ゆるぎない強さがあった。わたしはそういう大人に憧れていた。いまも修行中である》(戦中派の共感) 《「芸術を学ぶ者は最初から巨匠であるべきだ。つまり、自分らしくあるという点で誰よりも抜きんでていなければならない」》(アーティストのための心得) 《「せめて、自分が今、どこに帰属しているのか、本来の自分はどういう人間なのかということを、たえずおのれの胸に問いつづける習慣だけは、決して失ってはならないということである」》(眉村卓の本を読みました) 《「おれはいつだっておれだから、おれのまま生きていく」 わたしもそうおもっていた(今でもできればそうしたい)。》(あとがきにかえて) 自分を常に問いつづけ、読みつづける。これはもう読書の哲人だ。しかし、案外とそういう人物に限って本当はもう答えをすでに見つけているのではないだろうか。問いのなかに答えがあるのだ。その意味では「ある日突然プルードン」は示唆的であろう。 《わたしの父は三重県の鈴鹿市の自動車工場に勤めていた。父の趣味は読書で、本棚には第三の新人や開高健、山口瞳といった作家の本が並んでいた。あと世界文学全集、日本文学全集もあった。わたしは特別に本が好きなわけではなかった。》 《それはさておき、高校二年の夏、わたしは無政府主義者になったのである。 何の脈絡もなく、突然に。 最初がプルードンだったことは、はっきりしている。》 《支配と搾取のない社会を理想としたプルードンは、富める者がますます富み、貧しき者がますます貧しくなるような、あらゆる制度を徹底して否定した。》 《かなり過激な思想だが、田舎でくすぶっていた、失うものがほとんどない無力な高校生には魅力あふれる主張である。 何よりわたしの心を打ったのは、若くて貧乏なプルードンを激励したファロの存在である。 自分のまわりには、そういう大人がいなかった。「おまえは社会で通用せん」とか、やることなすこと否定された。わたしもいわれたかったよ。「時代の光の一つとなるだろう」って。》 ここに魚雷氏の全てがあるような気がする。本の紹介を通して非常に巧妙に、自己韜晦とみせて、若き(迷える)読者を鼓舞するファロになろうとしている……のかもしれない(そんなことこれっぱかりも思ってもないかもしれない、もちろん)。個人的にはファロでなくプルードンになって欲しいと思うのであるが、それはいずれ近い将来のこととして期待しておく。何はともあれ読書エッセイとしては名人芸の域に達している。
by sumus2013
| 2015-06-28 21:33
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