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香泉遺稿

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『香泉遺稿』という漢詩集を入手した。ヤフオクに出品されているという情報を某氏より頂戴し、入札したところスタート価格で落札できた。表紙がとれているうえに本文の状態も良くない。虫穴もある。珍書であることに違いはないが、念のため検索してみると画像を公開しているサイトがあった。

香泉遺稿(神宮皇学館文庫)

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これが神宮皇学館本の奥付。《滑消斎蔵版/文化九年[1812]壬申十一月刻成》としてあるが、この度入手した架蔵本では文化九年壬申九月開彫/東讃 高尾伝弥著》となっている。本文はざっと見たところ同一だ。奥付だけ差し替えたか。開彫と刻成という言葉の違いに何かしら意味があるのだろうか。また高尾伝弥著とあるのだから香泉の名は伝弥だったと考えていいのだろうか。

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(文化八年辛未六月初八日付)は北山山本信有。北山は江戸の儒学者である。独学の穎才で多くの門弟を育てて一家を成した。序によれば大阪の友人泉子固を通して讃岐の高尾子浩(高松藩儒臣高尾椿渓の嫡男)から依頼があった。いわく子浩の弟弼が四年前に早世した、十九歳だったという、その遺稿集に序を乞いたいと。遺稿を転送してきたので見るとこれが清新ないい詩である。

弼字子長号香泉卒年十九豈不惜哉其詩高出脱格調家窮屈巨大纖微写所欲写言所欲言妙用自在不失詩家清新

北山はなかなか厳しい人物だったようだ。泉子固にも序文を頼まれたそうだが、それには応えていない様子である。しかし香泉の詩集には筆を執った。

編者である兄の高尾養(竹渓)の序(文化七年庚午秋八月六日付)によれば、弼は文化四年[1807]の秋、病にかかって急死した。時に年十九(満十八か)。臨終に当って弟は「死ぬのは仕方がないが、父母に孝行できないのが心残りだ」ともらしたという。遺品の詩稿を改めて読んでみると派手さはないけれどキラリと光るものがある。なんとかこれを出版して後世に伝えたいと思ったのだそうだ。

たしかに清々しい作品が揃っているように思う。三首のみ掲げてみる(上記サイトにて全編閲読可)。


  読書

 吾儂豈異蠹書虫
 心酔談玄興不窮
 空慕孟生能養気
 何論管仲徒成功
 読経深憶三乎理
 誦史太憐五噫風
 如稲如禾須勉力
 初知学問破昏蒙



  秋雨中作

 雲掩四山沛雨濛
 簷花銀竹湿簾櫳
 荷盤宛転玲瓏玉
 樹杪吹飄颯爽風
 禾穂軽黄残旧緑
 林楓直翠雑新紅
 鶉衣更怕星寒犯
 静聴愁魔又悩公



  冬日過吉子厚宅

 芒鞋鴨川涯
 訪来長郷宅
 歴霜楓葉
 衝寒橘実緑
 傾樽解酒情
 移榻錬詩格
 興来談尤清
 悠然襟慮適



本書の奥付に東讃とあるが、どこなのか、今すぐには知り難い。高尾という名字は小生の郷里にも少なくない。帰郷した折りに調査できればと思う。

by sumus2013 | 2015-04-26 21:12 | うどん県あれこれ | Comments(0)
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