林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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乳のみ人形

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深瀬基寛『乳のみ人形』(筑摩書房、一九六〇年一二月二〇日)。函の題字と表紙絵(自画像)および口絵「祖父像」は著者の孫である深瀬鈴子の作。小学校へ入学するにあたってランドセルを買ってもらう代わりに祖父の似顔絵を描いたのだそうだ。

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《この本はことしの春、久々ぶりに入洛した筑摩書房の古田晁氏との雑談中に同氏の出された提案にもとづいて、ともかくわたしの孫と多少のつながりのある随筆だけを集めてみたものです。》(あとがき)

深瀬が気の合う孫を溺愛する様子となかなか利発な孫娘の掛け合いが面白く描かれている。深瀬は千本に住んでおり、孫は松尾のアパート暮らし、ということで洛西の風光や風俗(レトロなカフェ「天久」も登場、一九八六年閉店)も楽しめる味な随筆集。けっこう珍しい本なのか、目下のところ日本の古本屋その他でも見つからない。本冊は筑摩書房の資料を提供してくださった某氏よりお借りしている。さすがいい本、ヒットである。

エリオットなど深瀬の翻訳ものは安価で出回っている。しかし随筆集はそれなりに高価なため、これまで一冊も求めたことはなかった。かなり迷って買わなかった思い出がある。買っとけばよかったな、とこの本を読んで少々後悔。

まず本屋が出てくる場面を。千本通りと中立売の四つ辻。

《四つ辻といえば、都会の中心部ならばたいてい銀行とデパートが四つに組んで離れないのだが、千本のこの四つ辻はどうだろう。東南の一角が妙なぐあいに歯抜けの空地になっていて、そこを新聞売子の媼さんがたった一人、それも夕方四時ごろから七時ごろまで占拠しているだけ。西南角はなるほど時計屋兼、タバコ屋なのだが、なんと明治時代の文明開化のシンボルのような時計台なるものが二六時中、がん強に十時を指したままガンとして動かない。時計台の下には時計は売っていない。西北角が朝から晩まで「南国土佐」一点張りのレコード屋。東北角の奥行き四尺ばかりの軒の下が実は筆者のおなじみの古本屋だったのだが、八十をこした爺さんも死に、好人物の息子も死に、今では息子のおかみさんがいつのまにかボタン屋に化けている。ボタンは洋装のはしっくれ。千本は京都のボタン屋だ。》

千本通りはちょくちょく車で通るので知らないわけではないが、さすがに昭和三十年代の面影はほとんどなかろう。中立売通りを電車が通っていたそうだ。Googleストリートビューで見ると、南東角は「おたべ」を売る菓子店、南西角は焼きそば・鉄板焼の店、北西角はマンションで一階がマクドナルドになっている。北東角はタバコ屋、隣がすき家。千本通りには丸太町と北王子の間に小生の知る限り二軒の古本屋があるが、そのうち一軒はここしばらく閉まったままである(看板は上がっている)。

深瀬がかなりの古美術通であったことも知った。本格的な品がいろいろと登場する。

《その日爺さんは天目茶碗の名品を入手して悦に入っているところへ》

《わたしなどはむろん骨董屋に出入りするがらではないのだが、買っても買わなくてもおかみさんは一向平気だし、小林秀雄と同様に人生の味は古陶磁にとどめを刺すと信じているものだから、千本を語ってこの店を素通りするわけにはゆかない。》《戦後のどさくさの最中のこと、この店を何気なくのぞいてみると疊の上に古風な信楽茶碗らしいものがころがっていた。どうも光悦の匂がする。「ちょうどあなたと入れ違いでしたーー嵐電にいま乗ったころです。こんなのはお金にならんでしょうかといって品のいいお媼さんが置いてゆきました」という。何百円だったか忘れたが、ほとんど只値で譲ってもらった。その後わたしの書斎にくすぶること十数年。最近博物館の藤岡さんに発見されて桃山時代ということにきまった。むろん光悦以前で、新次郎というのが実在の人物なら、この陶工の作風に完全に一致している。》

《現にいまわたしの手元に嵐山渡月橋を描いた広重の絹本半切の肉筆が残っているが、これは大正の末年に故人となった亡父の旧蔵品である。》

《北野の古道具屋でふとしたチャンスで買ってきたものである。これは洋画である。洋画といっても広重と全く同時代の加賀金沢藩士、遠藤高璟(一七八四〜一八六四)という人の筆になるセザンヌ式風景画である。この絵の裏面には「文政四年辛巳 初夏望考図 半日成 此図ハ心積ノ観積法也」云々という文句がある。》

《昭和初年のいつごろだったろう。聖護院カブラで有名だった大根畑が埋められてその跡に京都大学が建ってすでに久しく、熊野神社前の楠(?)の大木が市電敷設の犠牲となって薙ぎ倒されてから間もなく、当時あのあたりに店を出していた平安堂で私は何か一冊の美術書を買った。どういうはずみかそのとき女主人から古丹波の大根おろしを見せてもらった。まるで端渓石の大硯のような恰好で、その鋸歯もまるで昨日刻まれたかのように先鋭であった。》《あれから三十年以上も経たこのごろ、同じ平安堂主人から古瀬戸の中形石皿の掌(たなごころ)に同じような鋸歯を刻まれた大根おろし五客をゆずり受けた。》

《私の孫娘は二歳半のころ寒山拾得の石摺屏風を見て「サンタクロースのおじいちゃん」と放言した。》

《ちょうどわたしは停年退職の記念として、小杉放庵先生の良寛和尚手まり図と、童顔そのままの寒山拾得の二幅を拝受したばかりのところ》

たいへん趣味がよろしい。また深瀬は詩誌『骨』の同人でもあった。

《依田義賢君のキケン絵巻に至っては、流動再展して行き着く先を知らぬ。先々月の安土での例会の席に、繰りひろげられた一巻を横からねらっていたところ、臨時に列席された土地のお医者さんに横取りされて残念で堪らず、翌日、お医者さんの懇意な老蘇の多喜さんに頼んで奪還に成功した。帰途京都駅から表具屋へ直行して表装を依頼した。》

《詩を作らない自分がどうしたものか同人に入れられた詩誌『骨』の例会を明日、嵐山駅の湯どうふ屋でやるからという通知を受けた。遅刻した自分が庭先の縁側に片足を掛けたとたんに障子のなかから依田義賢君があたふた飛び出して来て、わたしの肩をぎゅっと掴んで廻れ右を命じ、その手で空と山との境目を指した。珍らしく暖かい昭和三十二年、十二月七日の洛西の夕陽はもうとうに嵐峡の丹波路の彼方に没したあとで、まさに天と地とのけじめが地球の最後の一日を争うかのように、名残りの空は鴎のごとくほのかに白く、山の黒さはしんしんと深淵に沈むような黒さであった。しかし山の曲線には光悦の茶碗のほんのりとしたふくらみがあった。一足おくれていつのまにか同じ縁先きに棒立ちしていた江州の詩人、井上多喜三郎君がわたしの左肩のところで同じ方向に眼を向けながら「ほう、ほう」とみみずくのように鳴いていた。


本書に挟まれている栞。表と裏。

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そして深瀬編『エリオット研究』(英宝社、一九五五年)のかっこいい函。

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by sumus2013 | 2015-02-27 20:48 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by vzf12576 at 2015-02-28 14:56 x
いつも楽しく拝見しています。昨年から取り組んでいらした
『書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014』がいよいよ大詰めとありましたが、もうすこしですね。それにしても大変お忙しいのに、手が掛かってお金にならないことに、良くも取り組むことだと感心しております。本来であれば、どこかの出版社がやってくれればいいのですが、最近の出版社はそのような余裕はないのでありましょう。深瀬基寛さんの本をとりあげて下さってありがとうございます。深瀬さんの専門の本は、歯が立たずですので、遠巻きにしてながめています。大学先輩のお父上が旧制高校陸上部で深瀬先生の薫陶を受けたという話を聞き、深瀬先生は旧制高校の良さを体現された方なのだろうと勝手に思っております。
Commented by sumus2013 at 2015-02-28 16:11
本来なら当然筑摩書房が発行してしかるべき本なのですが……いろいろ難しいこともあるようです。なんとか完成まであと少しのところまで漕ぎ着けました。今暫くお待ちいただければと思います。

深瀬基寛、読まずに敬遠しておりました。この一冊ですっかりファンになりました。研究書はともかく随筆はこれから注意して探すつもりです。
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