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観楓紀行10

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明治二十九年十一月二十二日。朝から烈しい雨。中桐絢海は雨を冒して石橋翁(石橋雲来)を訪ねて別れの挨拶をする。そこに先客として河内の人・氈受楽斎がいた。亀谷省軒の詩を受け取る。

《石橋翁云フ今日午後四時ヨリ安土町書籍商集会所ニ於テ書画会アリ青蘭女史ノ幹事ナレハ倘シ烈雨ニテ出船ノ延却スルコトモアレハ来遊セヨと予諾シテ辞去ス》

次いで緒方病院を訪ね、一緒に大阪まで同道した花川子(入院している)に別れを告げる。宿に帰ると久保墨仙が見送りに来ていた。墨仙は餞別に紅葉の図と瓢箪一個を贈ってくれる。

安治川町の船着場へ。午後二時三十分、高松直行の第二宇和島丸に乗船。満員だった。絢海が雨の中を急いで帰ろうとするのは、翌日、高松で中川愛山追善の書画展に出席するためだった。しかし午後四時頃、船長が悪天候のため明朝まで出船を見合わすと伝えた。

絢海は一旦宿に戻り、后岡真十郎らと松島の劇場で演劇を見物した。帰途、松嶋遊郭を散策して夜景を楽しんだ。

《近来広闊ナル遊里トナリ中道ニ櫻柳等ヲ移植シ紅葉ノ観ナシト雖モ両側ノ青樓錦繍綺羅ヲ列ス一巨樓アリ樓上ニ仮山ヲ築キ老樹鬱々トシテ碧落ニ聳出セリ加フルニ電燈輝々トシテ行人ヲ射ル樓ニ登ラントスルモ時間ノアラサレハ一段ノ恨ヲ遺シテ一首ヲ詠ス》

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『日本地理辞典』(郁文舎、明治三十九年)より


この夜は船中に一泊。二十三日、雨はようやく上がった。午前八時出発、神戸に着くころには風もおさまって日も暖かになった。一時間停船の後出航。淡路島に沿って進み、小豆島阪手沖を経て高松に帰着したのは午後六時頃だった。澱川樓へ駆けつけたところ、書画会は終わっていたが、まだ残客がいて大いにもてなしてくれた。その席を辞して双松園(絢海の高松の別宅か)へ帰り就寝。

翌日早朝より玉楮(たまかじ)雪堂(漆芸家)を訪問。さらに貴族院議員鈴木東洋邸を訪れて観楓の土産話をする。一番町の久保蘿谷を訪ねる。栗林公園の茶屋で二人で飲みながら、大阪で入手した琴石の画や省軒の詩を見せて盛り上がった。いい気分になっての帰り道、古馬場町の椎名南浦を訪問するも不在。双松園でまた一杯、午後十時頃蘿谷は去った。

二十五日。晴天。早朝より柏原病院を見学して朝食。表具師岡田清太郎が来たので琴石の画と省軒の詩を双幅に装することを依頼した。午前十時、東浜町の船宿で一酌して船を待つ。午後二時出船。帆船なので遅々として進まない。午後七時頃霜村湊に帰着。別業四時園に入って一酌して就寝。翌二十六日、本宅白雲黄葉居に帰り着き、子供等にお土産を渡し、つつがなく戻ったことを喜んで一杯やった。

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めでたし、めでたし。大阪から高速道路で高松まで四時間ほどの今日とは比べようもないのんびりした旅行記ではあった。それにしてもよく飲んでいる。それにも驚かされた。





by sumus2013 | 2014-12-20 20:54 | うどん県あれこれ | Comments(0)
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