
有本芳水と青柳瑞穂のつながりが書かれているかもしれないと思って青柳いづみこ『青柳瑞穂の生涯』(平凡社ライブラリー、二〇〇六年一一月一三日)を繙いてみた。有本は明治十九年(一八八六)生まれ。
《早稲田大学を卒業後、実業之日本社に入り、「日本少年」主筆として活躍した。1905年車前草社に入り、若山牧水、正富汪洋らと作歌。薄田泣菫、与謝野鉄幹、晶子らの先進を敬慕しつつ、「日本少年」に毎号発表した少年詩は少年の読者に愛誦され、文学者に多くの影響を与えた。》(ウィキ)
《大正初期の児童雑誌として大きな影響力をもっていた「少年世界」、「日本少年」、「少年」などに、厳谷小波の新作お伽話や有本芳水の少年詩が発表され、子どもたちに好評を博していたという事実(『横谷輝児童文学論集1』》
ということだから明治三十二年(一八九九)生まれの青柳はすでに中学生だった頃ではないだろうか。青柳が芳水ファンだったと考えるには年齢的に少しズレている気がしないではない。『青柳瑞穂の生涯』には少年時代の読書についての言及は全くなく、骨董好きの萌芽が見られるエピソードが中心だ。
《大正六年(一九一七)に県立甲府中学校を卒業した瑞穂は、高等学校には進学せず、初恋を経験したり、詩作のまねごとをしたり、暁星中学校発行の文法書でフランス語を独習したりしていた。》(『青柳瑞穂の生涯』)
この後、慶応義塾大学の仏文に入学し永井荷風の指導を受ける。卒業後には堀口大学の門に入り、創作も発表したが、やがて翻訳に専念するようになる。青柳の翻訳単行本としては三冊目になるのがロートレアモン『マルドロオルの歌』(椎の木社、一九三三年一月一日)だ。下の写真は六年ほど前に思い切って買ったもの。状態が悪い(カバーもない)のでそう高くはなかったけれど、安くもなかった。




青柳は全部で五十九章あるテクストから六章を選んで訳している。昭和二十二年に青磁社から、二十七年に木馬社(版画=駒井哲郎)から同じく『マルドロオルの歌』を刊行しているが、最終的には十二篇を翻訳して発表した。
《五十九章に対して、わずか十二章しか訳し得なかったのは、原文が難渋で、日本語に移りがたいものが大部分を占めているに由る。しぜん、平易なものを選んで訳したことになるが、この十二篇は全巻中でも著名のものであったのは、偶然ながら、よろこばしい。》(青柳瑞穂「ロオトレアモンに関する断想」講談社文芸文庫版『マルドロオルの歌』より)
同じ断想でこうも述べている。
《かつて長いあいだ人々は「私の心は小鳥のようである。」と、類似による比較をよろこんだ。》《併しこれはあくまで比喩であるが、これを省略し、極限にまでもついていって、「この小鳥は……」として、一つの言葉で一つのイメージを表現しようとする。これがロオトレアモンの筆法である。》
単に「小鳥」という言葉が出てくるというだけなのだが、有本色紙が連想されてギョッとする。
小とりよ小鳥http://sumus2013.exblog.jp/22957858
そしてまた『マルドロオルの歌』にも小鳥の逸話がある。椎の木社版には見えないが、戦後版では訳出している。「溲瓶の王冠」というタイトルになっている。原典にはタイトルはない。第六の歌の第五章。パレ・ロワイヤルの中庭で狂人に出会ってその物語をつむぎだす。
《おれが一羽のカナリヤを買ったのは、三人の妹のためだつたのである。彼女たちは、それを軒の鳥籠に入れた。通行人たちは、毎度、立ち止つては、小鳥の歌に聞き入り、そのはかない美しさを褒め、その利口さうな姿を観察しようとした。一度以上、親父は、鳥籠とその内容を何処かへ遣つてしまふやうに言ひつけた。それといふのも、カナリヤは歌手としての才能を揮つて、囀るやうな短抒情調の恋歌を投げつけるので、親父は自分が馬鹿にされてゐると思ひ込んだのである。》
そして親父は鳥籠を踏みつぶす……と、こんなロートレアモンの残虐な物語に執着した翻訳者青柳瑞穂が、芳水の小鳥の色紙をもらったとき(もらったと仮定してだが、もちろん)、どんな気持ちがしただろうか、などとあらぬ空想をたくましくしてみた。
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