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林哲夫の文画な日々2
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破壊せよ、とアイラーは言った

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中上健次『破壊せよ、とアイラーは言った』(集英社、一九七九年八月一〇日、装丁=菊地信義)。『週刊プレイボーイ』連載の「RUSH」および『青春と読書』連載の「破壊せよ、とアイラーは言った」を一冊にまとめたエッセイ集。売れっ子小説家の言動がやや鼻につくが、読んでいて面白いのも事実。

装幀は菊地信義。一九七九年はまだ駆け出し(?)時代。菊地信義とある「著者11人の文」集』の年譜によれば

《一九七七年 装幀家として独立。この年、中上健次『十八歳、海へ』、粟津則雄『主題と構造』ほかを手がける。》

《一九七九年 中上健次の紹介で「文芸」元編集長の寺田博と出会う。中上健次『水の女』をはじめ、寺田らの設立した作品社のほとんどの単行本を装幀。なかでも埴谷雄高『光速者』は著者の脳のCTスキャン画像を使用して話題となる。》

となっていて、中上と菊地は特別な糸で結ばれていたことが分る。作品社のほとんどの単行本…というか、同社の雑誌『作品』(一九八〇年一一月創刊)のレイアウトがトンガッていた。今見ても目立った仕事だろう。戦前の(小野松二の)『作品』は佐野繁次郎が題字や表紙画を手がけたが、五十年を経てその斬新さを引き継いだと言ってもいいくらいだと思う。ただこの雑誌は長続きしなかった。二巻五号(一九八一年五月号)まで七冊発行されただけのようだ。

本書も特別なことはやっていないにもかかわらず、その素材やレイアウトの扱い方が新鮮である。要するに装幀というものに対する角度がそれまでとは明らかに違う。


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扉もそうだが、扉の次に挟んだこの意味不明の写真版も菊地ならではのタッチ。扉や章扉の写真が粗い網点で再現されているのも菊地好みの同人雑誌風、インディーズ風。

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本文組み、章題、どこを取っても一工夫があり、かつ神経が行き届いている。

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巻末の広告までもこのような組み方で見せるとは……。

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菊地信義とある「著者11人の文」集』に中上健次の「この男を発見した」と題する一文が収められている。初期作品集『十八歳、海へ』の出版時。

《装丁を依頼していた写真家の中平卓馬氏が進行途中で事故のため倒れた。写真の領域で戦闘を続ける卓馬に同志的共感を抱いていたし、さらに旧植民地から出現しているスペイン文学(まだそれらをラテン・アメリカ文学などと誰も言わなかった!)のニュースや読み方の影響を受けていた頃なので、大いに困った。
 卓馬の志を受けとめ、著者の混乱や不安を見事に救い出したのが菊地信義氏である。本にたいする情熱と才能は輝くばかりだった。私は「この男を発見した」とたかぶった。

中上健次の言わんとするところが本書からも感じ取れるような気がする。


by sumus2013 | 2014-07-29 20:08 | 古書日録 | Comments(0)
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