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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


澁澤さん家で午後五時にお茶を

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種村季弘『澁澤さん家で午後五時にお茶を』(河出書房新社、一九九四年八月一一日再版、装丁=中島かほる、装画=野田弘志)を読んだ。二十年前の本だとは思わなかった。先日、神戸六甲で買った種村季弘『食物漫遊記』(ちくま文庫、一九八五年)がめっぽう面白かったので、ちょっとした種村風が巻き起こった。これまであまり種村本を読んだことがなかったのは、どうももうひとつピンとこないところがあったためである。『食物漫遊記』は文句なしの傑作、食味随筆として個人的なベスト5に入れることにした。

その種村風に押され、ある目録に出ていた『澁澤さん家で午後五時にお茶を』を注文。読了。『食物漫遊記』ほどではないにせよ、いろいろ興味をそそられる記述があった。

まずは澁澤龍彦の入院中の様子。

《病中の故人はベッドの周囲に堆く本を積み上げ、鎌倉の書斎を小型移動したようなその環境のなかで、肉体の苦痛をおして、平静に、しかも営々孜々として晩年の仕事を続けました。》(出棺の辞)

《そう、ほぼ二十四時間前、昨日のこの時間に私はここにいたのだ。一年近い病床生活の人が通常の意味で「元気」であるわけはない。しかし病中のペースでは、元気といっていい過ぎではない面持ちで不意の客を迎えてくれた。ベッドの足下にはうずたかく本が積まれ、鎌倉の書斎を小型にして持ち込んだような病室のたたずまいも常に変わりはない。》(精神のアラベスク)

微妙に表現が異なる所が気になるのだが、鎌倉の書斎とは、『みづゑ』はじめいろいろな媒体で紹介されたあの書斎を指すのであろう。その書斎についてはこう書かれている。まず鎌倉市小町四一〇番地の借家。

《そこには何もなかった。いや正確には、一組の机と椅子があり、部屋の一隅に高い本棚があって、仮綴じのフランス本がぎっしり並べてあった。そのほかには何もなくて、青畳がさらさらとひろがっていた。鎌倉小町に住んでいた頃の書斎である。

小町には昭和二十一年に移り、昭和四十一年八月に鎌倉市山ノ内の新居が完成するまでそこに住んでいた(全集年譜による)。

《鎌倉山ノ内の家は、有田和夫という田村隆一の友人の建築家の設計である。円覚寺の裏手に同寺の寺大工の地所を借りて建てた二階家で、吹抜けに天井を高くとったサロンから階段が二階の寝室に通じていた。サロンの奥が書斎。間に引き手扉があるが、使われているのをめったに見たことはなく、たいがいは開けっ放しだった。サロンの西側と書斎のつき当たりに長窓。したがってサロンには外光がほとんど入らず、いつもいくぶん湿気のある夕暮れの気分がやわらかくたちこめていた。猫足のひくい丸テーブルを中心にソファと椅子数脚。フランスの室内劇の舞台装置のような古い家具の配置は、底の抜けたソファを換えたほか、ここ二十数年来変っていない。本がふえすぎて寝室のなかにまで侵入して来た。書庫を建て増しした。それでもサロンのなかには一冊の本も入れなかったのは、この家の主人の来客に対するホスピタリティを如実に物語る。》(サロン、庭園、書斎)

澁澤邸へ・・・
http://www.nakashimaya.com/cgi-local/asobi/asobi.cgi?mode=view_past&year=2009&mon=06

J-J.ポヴェール社の名前も二度ほど出ている。

《種村 松山[俊太郎]さんていう人も一大奇人でして、学生時代、サドの最初の全集がポーヴェール社から出たでしょ。あれを紀伊國屋に注文したら、自分以外に日本で二人注文しているやつがいて、一人は遠藤周作で、もう一人が澁澤龍彦ってやつだと。お互い、こんな変なものに興味をもっているんだから、じゃあ一緒に会おうじゃないかって、その二人に手紙を出してね。で、紀伊國屋の洋書棚の前で白いハンカチを持って立っているからそれを目印にして、なんてかなりキザなランデブーをやったわけ(笑)。》

《スキャンダラスなオスカル・パニッツァについては、私自身も何度も書いたことがあるのでくり返さない。むしろ個人的なエピソードをいっておこう。ブルトン序文によるポーヴェール社版のパニッツァの戯曲『性愛公会議』のことをはじめて耳にしたのも、やはり澁澤さん家の午後五時のお茶の席でだった。

ポヴェール社の最初のサドは一九四七年に刊行され、一九五三年頃から盛んに出はじめているのでその頃のことだろう。この松山俊太郎は『食物漫遊記』に非常に強烈なキャラクターとして登場しているが、じつに興味深い人物ではないだろうか。現在、闘病中でいらっしゃる。

松山会報告
http://matsuyamainukai.blog.fc2.com

この本についてはもう少し続けよう。


by sumus2013 | 2014-03-10 20:56 | 古書日録 | Comments(0)
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