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林哲夫の文画な日々2
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庭柯のうぐひす



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高祖保『庭柯のうぐひす 高祖保随筆集』(外村彰編、龜鳴屋、二〇一四年一月一六日)届く。

《本書『庭柯のうぐひす 高祖保随筆集』は三部で構成されている。
まず「I 庭柯のうぐひす」には、季節感を底流させる随想をあつめた。次の「II 詩について」は文学芸術の評論とみなせるものを。最後の「III 軽井沢より」は、標題文を主とした紀行文集である。それぞれ、肩の凝らない様々な文体で書き分けられており、詩作とはまた別個の、高祖文学の魅力を伝える。》(外村彰「解題」)

いやあ、ほんとうに心洗われるような文集である。大正、昭和初期も数篇含まれるが、ほとんどが、昭和十五年から十八年に書かれたもので、あるところでは、戦時下の気分を反映した文章も見えるものの、戦況がまだそう深刻ではないためか、現在の目からすれば妙に余裕のあるおっとりした空気が流れている。

昭和十六年に発表された「軽井沢より」が何と言っても完成度が高い。読んで愉しく、また軽井沢の風俗資料という点からもたいへん貴重な記録のように思われる。油屋、アメリカン・ベエカリ、万平ホテル、ちから餅、そして堀辰雄(高祖は堀を訪問)などのアイコンが次々登場するのもいいが、注目はゴルフ場そばの「重箱」といううなぎ屋。これは久保田万太郎が小説にしたてた「重箱」の支店であろう。川端康成や片岡鉄兵がいりびたっており、高祖も彼らの姿を何度か目にしている。高祖はどうやらここの女将(?)に好かれていたらしいことが日記の記述からわかって面白い。見返し写真の男ぶりからして、さもありなんと思う。

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白眉は田中冬二との交遊だ。恋人同士のようなむつまじさと言えばいいのか。

《善光寺へ行くバスをY銀行まへで棄てる。Y銀行に入る。刺を通じると、田中さんは中央の大机のまへから、目で合図されてゐる。控室へ通されて、久闊を叙し、きのふのお詫びを申し述べる。ーー四方山のはなし。城太郎氏がこちらへみえたのは、ついこのあひだのやうな気がするといふ話。詩の話。句の話。多喜さんの人形の話。詩集の話。句集の話。それから東京の話。事務を控へておられる田中さんと夕刻を約して、Y銀行を出る。

《田中さんと連れだつて、ゆふかげの長野の街を降りる。鈴蘭燈のある賑やかなとほり、古風な割烹店の門を潜つて、打水すずしい砂利を踏む。靴のほこりが、すこし暑さう。奥まつた一と間で、日本酒とビールを傾けて御馳走になる。鯉のあらひが、舌端に沁みるほど美味しい。さきほどの話のつづき。
 満腹と微酔の頬を、長野のゆふかぜがなぶる。となりの間から、浄瑠璃のおさらひらしいふとざをの音。ーーハイヤーで駅へかけつけ、七時の汽車に乗る。汽車の入る五分ばかりのあひだに、田中さんと寄せがきをして四方へ飛ばす。これが怡しい。》

《追分あたりへ入つてくると、案の定、ざんざんの降りになつた。軽井沢も土砂降りで歩けない。小屋へ帰ると、井上多喜三郎氏から、水墨で人形を中央に描いたはがきが届いてゐる。人形の淡いほほゑみが、夜の灯(ほ)あかりに、生きいきとして美しい。》

この後も冬二とは互いを訪問したり、小旅行をしたりと、睦まじい交渉が何度かもたれる。そして上にも出ているように井上多喜三郎からの玩具や絵入りの手紙は次々に届く。俳人の八幡城太郎からもよく手紙が来る。なんと麗しい友情であろうか。多喜さん宛の書簡はすでに一冊にまとまっているので、そちらも取り出して『念ふ鳥』と三冊並べてみた。いいなあ……。

井上多喜三郎と言えば、『多喜さん詩集』(龜鳴屋、二〇一三年三月二三日)をまだ紹介していなかったが、これも含めて四冊、並べて悦に入る。

庭柯のうぐひす 高祖保随筆集』からぜひ引用しておきたいのはこの詩。『滞洛小記』の「五、古本あさり」。

 京都です。夕ぐれ、四月もあと一日。
 この孤りの男は夕かげの中を
 毎ばん蝙蝠のやうに街頭にやつてきて、
 暗い本屋の棚から、書籍の山から
 ひつそり埃にまみれた古本のかずかずをとり下します。
 そして埃の古本を包んで貰ひ、貝がらのやうな銀貨とかへて
 いそいそと、宝のやうにして
 下宿の一室に抱いて帰つてくるのです。
 ことにこの男の心を弾ませるのは
 古本の頁からこぼれる古びた銀杏古びた銀杏[ママ]の一ひら、ゴオルデンバツトの箱の片々、華奢な女文字の手紙、
 そんなものを予期なくして見出す、
 あの得も言へぬ侘しさ、懐しさ、懶さ、それなんです。そして
 その男は埃を払つた手を闇にすかし
 闇の彼方に落ちしずまる埃の行方に
 華かな四月の都会の
 あの地の底から沸(たぎ)ちわくやうな都会の雑音に聞き入るのです。
 うるめるやうな、そしてどこかに散漫な
 あの「都会の音」をあなたはご存じでせうか。
 いやそれはどうでもよい。
 この男は、何とわびしい古本あさりの習癖をもつてゐることか。



なお本書には念ふ鳥』の訂正・追加事項が記された栞が挿まれている。これも貴重である。

龜鳴屋



by sumus2013 | 2014-03-04 21:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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