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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


ウンテル、デン、リンデン

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『Album von Berlin, Charlottenburg und Potsdam - 5 grosse Panoramen, darunter ein farbiges, und 131 Ansichten nach Naturaufnahmen in Photographiedruck.』(Globus Verlag, no date c.1900)という馬鹿に重いベルリンの写真集を買った。三百円だったので、コラージュの材料にぴったりだと思ったのである。一九〇〇年頃のベルリンとその郊外の様子が大判のモノクロ写真で再現されている。ゆっくりめくってみると、どうしてなかなかよく出来ている。

ドイツ語は解さないし、ベルリンにも行ったことはないが「UNTER DEN LINDEN ウンテルデンリンデン」くらいは読める。ベルリンの目抜き通りで「シナノキの下」という意味。シナノキは菩提樹とも言う。この写真集もブランデンブルグ門から始まりウンテルデンリンデンへと続く構成になっており、何枚もウンテルデンリンデンの写真が収められている。

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もちろん「ウンテル、デン、リンデン」を記憶に留めたのは、森鴎外「舞姫」を教科書で習ったときだった。架蔵の『改訂水沫集』(春陽堂、一九〇六年)から該当部分を複写してみるとこういうふうになっている。

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《菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思はるれど、この大道髪の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く隊々の士女を見よ。云々》

鴎外の留学は明治十七年から二十一年まで。ベルリンには二十年四月に移っている。鴎外のベルリンとこの写真帖のベルリンではおよそ二十年の隔たりがあるわけだ。

前田愛「東ベルリンの「舞姫」」
http://sumus.exblog.jp/18345560/

下は太田豊太郎がエリスと出会う古寺のモデルとされるマリエン教会。
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《今この處を過ぎんとするとき、鎖したる寺門の扉に倚りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女あるを見たり。年は十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりたる面、余に小説家の筆なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心き我心の底まで徹したるか。》


Unter den Linden – Berlín(近年のウンテルデンリンデンの四季)
http://www.viajejet.com/unter-den-linden-berlin/
by sumus2013 | 2013-11-23 20:26 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by 牛津太郎 at 2013-11-24 05:55 x
前田愛の舞姫論は『文学』が初出だと思い込んでいましたが、違いました。教えられました。ありがとうございます!
Commented by sumus2013 at 2013-11-24 20:16
お役に立てれば何よりです。
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