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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


石目

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時里二郎『石目』(書肆山田、二〇一三年一〇月三〇日、装画=柄澤齊)読了。巻末の記載によれば時里さんはこれまで六冊詩集を出しておられ、最初の二冊『胚種譚』(一九八三年)『採訪記』(一九八八年)は湯川書房、そして『ジパング』(一九九五年)は思潮社、『星痕を巡る七つの異文』(一九九一年)『翅の伝記』(二〇〇三年)および本書が書肆山田。

書肆山田も思潮社も現代詩の版元としては知らぬ者はいない。ただ、先日、ギャラリー島田で湯川書房の『夢の口』を頒布しているときに詩人で評論も書かれる方が「湯川書房といえば、湯川書房から詩集を出している詩人で、ほら、加西の方に住んでいる人、誰だったかしら、最近物忘れがばっかりで…」とおっしゃる。もちろん時里さんのことを指しているわけだが、よほどその方にとっては湯川書房の詩集として印象が強かったのだろう。湯川さんは名のある詩人の詩集を相当数出しているにもかかわらず。

『石目』はそれらの作品群からも決して遠く離れたところにあるわけではない。ただ、しかし明らかにより深く身に迫ってくる文章の力のようなものを感じた。力というと誤解を招くかもしれない。このリアリティがあるのかないのか、ありそうでなさそうな、意味ありげで無意味な文字の集積が、まるで沼ででもあるかのように読む者を知らず知らずに柔らかい土の溜まった沼の底へ引き込んでゆくのだ。

散文詩というより綺譚というか説話風な構成の作品が目立つ。つい物語に寄りかかりそうになるのだが、そうするとスッと肩すかしを食わされる。虚実のあわいでプカプカ漂うような読書感だ。ほんのさわりだけ、表題作の冒頭二頁をスキャンしておくので、確かめていただきたい。

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その作風について末尾に置かれた自作解説ふうの一篇「シイド・バンク」にこう書かれている。

《予(かね)て、私の歌のなかのどこを探しても私が見つからないことを難ずる批評がある。歌のなかに私がゐないことのみを歌の瑕瑾としてあげつらふのは承服しがたいが、歌のなかの私がどこに隠れてゐるのかといふ点については、実は私自身にもわからない。》

ところが著者は「シイド・バンク」という言葉を知り、発芽をじっと待つ土壌を自作の詩歌に当てはめてみるとなるほどと合点するという。

たしかに、そういうこともあるかもしれない。しかし小生などは、シイド・バンクと聞いたら美術家・河口龍夫の鉛に包み込まれた種子の作品しか連想できない狭量ぶりのため、言葉という繭のような鉛でくるまれた時里種子は放射線すら遮るうろのなかで半永久に発芽しないかもしれない、などという妄想にとらわれてしまったりする。発芽すればいいのか? そういうものでもあるまい。永遠の不毛にも意味がある。

とにもかくにも、ここ最近読んだ散文作品(詩とは限らない)のなかでは、当方はだいたいいつも大袈裟に褒めるくせがあるのだが、本書に関しては正真正銘「傑作」と呼び得る連作だと思う。小生が傑作だと連呼しても何の説得力も影響力もないだろうが、ここに一ファンがいるということである。
by sumus2013 | 2013-11-02 21:23 | おすすめ本棚 | Comments(4)
Commented by yf at 2013-11-03 08:18 x
湯川さんは「時里さんは加西市在住なので、加西と言われるだけで地方詩人の1人を思われているがとても優れた詩人なんや」と語っていました。
 今回の本の内容にふさわしく装幀、表紙の出来が、さすが柄澤齊氏、素晴らしいものです。
Commented by sumus2013 at 2013-11-03 13:08
湯川さん、さすがですね。
Commented by loggia52 at 2013-11-03 14:48
林さん、思いがけないご評価、恐縮です。でもとてもうれしい。ありがとうございます。yfさんも、どうも。
Commented by sumus2013 at 2013-11-03 21:42
誤解を与えないように感想を述べるのも容易ではない、それくらい特別なお仕事になっているように思います。
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