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林哲夫の文画な日々2
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富士正晴の兵隊小説を読み返す

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茨木市立中央図書館で小沢信男さんの講演「富士正晴の兵隊小説を読み返す」を聞いた。

富士正晴記念館の久坂葉子関連の展示も良かった。図書館ロビーに富士の絵や原稿、書籍などの現物が、ほぼ無防備と言ってよい状態で展示されていたのも新鮮だった。とくに初期の富士のマンガ(村山知義ふうのモダニズム劇画)が抜群だった。中尾務さんによれば竹内勝太郎に出会う前はこういう絵を描いていたということだ。

見知った顔も何人か。真治さん、Mさんと並んで座る。『ぽかん』の売り行き絶好調とか。ジュンク堂では面陳だそうだ。本はねころんでさんとyfさんがすぐ後ろに。にとべさんも。二列ほど前に山田稔さん。入口近くに若い古本者の知人たち。八十人定員だが、わずかに空席があるくらいでよく入っている。

なげやりとも思えるくらい簡潔な中尾さんの開会のあいさつの後、講演はすぐに始まる。小生にとっては東京の古書会館でのトークショー以来と思うが、ほとんどお変わりなくお元気の様子だった。

小沢、坂崎、石田トークショー
http://sumus.exblog.jp/4963146/

このときは三人だった。今回はお一人で、小沢節とも言える語り口。六月に中川六平さんが本を作りたいと言ってくれて、その本が十二月には出来上がる手はずになっているという話から。この講演依頼もちょうどその頃で、戦中戦後の兵隊小説を読み返そうと思ったそうだ。

映画「風立ちぬ」の評判がよくないので見るのをやめようかなと思っていたが、ひょんなことで観てみると「いい映画だったねえ、席、立つのが惜しいような気がして…」。評判が悪いのはこのごろの人が戦争を知らないからだろう。リアリズムとファンタジーの合成が成功している。堀越二郎と富士正晴は同い年、一九一三年生まれだ(とおっしゃったが、これは勘違い、堀越は一九〇三年生まれ)。

戦争を知らない小沢さんは戦後、戦争に行った先輩たちに頭が上がらなかった。しかし考えてみると、中学生だった小沢さんたちも空襲と食糧難、すなわち「日常に戦争が降ってくる」経験をしたのである。勝つはずはないと頭では解っていながら、軍国少年だから負けるとも思わない、不思議な心理状態だった。

『富士正晴作品集〈1〉帝国軍隊に於ける学習・序 一夜の宿 童貞 わたしの戦後 同人雑誌四十年 他15篇』(岩波書店、一九八八年)を手にしながら、富士の兵隊小説の特徴を「非日常の日常」だと指摘する。兵隊たちの会話が関西弁で書かれており、それが実況中継のようだと。なかでも「崔長英」は傑作だ。富士は崔長英について何度も書くのだが、毎回うまく書けない。しかし「書き損ねたということで表現している」。

中国人苦力を描いた長谷川四郎「張徳義」は完成された名作である。また野間宏の「真空地帯」や大西巨人の「神聖喜劇」のように軍隊内部を描いた大作もあるが、それらもやはり完成品だ。今はどれよりも「崔長英」の方が良いんじゃないかと思う。

「今日性はこっち(崔長英)にある。物事はそう簡単にわかってたまるかというのが富士正晴のインテリジェンスなんだよね、ダメ兵隊で生き残ってんだよね。わかったと言わずに、不思議だと言い通そうとするインテリジェンスなんだな」

休憩を挟んで質疑応答の時間に。五人ほどの参加者からいろいろ出た。なかでは富士正晴は徳島出身だが、徳島にはまともな産業もなく徳島の人間はどうしようもないやつばかりで嫌われているでしょう、どう思われますかという、ご自身徳島出身の方が質問。後で聞いた所では、この質問に中尾さん、これは困ったどうしようと気をもんだそうだ(笑)。しかし小沢さんは、ご自身の父上が山梨出身で、やはり関東では山梨人の評判が良くないという話をもち出して「結局それはお国自慢なんだな」と軽く打ち返されたのはさすが。

終了後、控え室に大勢の人達が残っていた。そこへ割り込んで小沢さんにご挨拶する。扉野氏といっしょに寺町界隈をご案内したときのことを覚えてくださっていた。

湯川書房にて。左から湯川成一さん、小沢信男さん
http://sumus.exblog.jp/13580261/

中尾さんに誘われたのでMさんとともに二次会にも参加する。おおざっぱに分けると『VIKING』と『黄色い潜水艦』という二つの雑誌に関係する人達が中心だった。なごやかな歓迎ムードに終始。散会の後、京都に宿泊しておられる小沢さんご夫妻、山田さん、本はねころんでのFさんと阪急電車をご一緒した。いい一日でした。

富士正晴『東京漫遊記』(富士正晴記念館)
http://sumus.exblog.jp/20227276/

『東京骨灰紀行』(筑摩書房)
http://sumus.exblog.jp/11886917/

『黄色い潜水艦』52号 川崎彰彦追悼号
http://sumus.exblog.jp/13499583/


富士正晴記念館
http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kurashi/bunka/gejutsu/shisetsu/fujimasaharu/1319775386732.html
by sumus2013 | 2013-11-10 20:03 | もよおしいろいろ | Comments(5)
Commented by yf at 2013-11-11 09:50 x
 富士正晴記念館での小沢さんのお話、とても感銘を受けました。従軍した人達が「中国戦争」を語らない意味がよく判りました。『風立ちぬ』の評判、小生はとても印象に残りました。戦前は20歳を越さないと生きて行くかは不明、それほど青春じ結核にかかる人が多かった、少年時代、亡兄の結核を濃厚感染受けた小生は義務教育も出ず、父は「どうせ死ぬ」と何でも許してくれ、今の妙な屈折した性格、しかし、音楽、美術、文学が大好きの人間が出来上がったと思っています。
 尚、「湯川書房にての項」耕衣さんの書の横は大作『魔笛』版画集を作った露愁さん「岡田露愁」の油彩画です。
Commented by sumus2013 at 2013-11-11 15:03
岡田露愁さんでしたか? 作者名をうかがった覚えはあるのですが、失念しました。
Commented at 2013-11-11 16:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 葉月 at 2013-11-11 18:59 x
 要領を得たレポートに感謝。聴けてよかったお話でした。亡き祖父が日中戦争に出征しています。穏やかで子どもに優しく、めったに声を荒げたことのない人でしたが、語らなかったことを記した日記があり、十代のわたしはそれをちらとのぞき見てしまったことがありましたが、今は所在もわかりません。映画「風立ちぬ」の客席にはご高齢の方が、たしかに目立ちました。小沢さんの感想が聞けたのは思いがけない収穫でした。富士正晴と長谷川四郎の読み比べをしてみたいものです。記念館の窓から、ナンキンハゼの紅葉が見事でしたね。
Commented by sumus2013 at 2013-11-11 20:39
語らないというか、たいていの人は、都合のいいようにしか語らないというのが本当のところかと思います。記憶も都合のいいように変型させてしまいます。日記は重要なものだと思います。
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