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林哲夫の文画な日々2
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向井孝小詩集

向井孝小詩集_f0307792_17261561.jpg


『古本マニア採集帖』の下平尾直(しもひらお・なおし)さんのところを読んでいて、おおっと思ったのは次のくだり。下平尾氏は関西大学法学部に入って池田浩士『ルカーチとこの時代』を手にした。

《当時、私の聖地みたいに通っていた〈旭屋書店〉本店で買いました。難しいけど面白かったので他にもあれこれ池田さんの本を読んだら、東アジア反日武装戦線のことが書いてあった。関心を持って大阪で救援活動をしている会に参加して、先年亡くなった水田ふうさんと出会ったのですが、すでに死刑判決が確定していて、この会ではすることがないよ、と。ふうさんがご自分のパートナーでアナキズム詩人の向井孝さんを紹介してくれて、死刑廃止運動の例会に顔を出すようになります。》(p209)

実は前回、街の草へ出向いたとき、加納さんのPCの脇に小さな英単語暗記帖くらいのサイズの本があるのが目にとまって、さっと手に取ってみると『向井孝小詩集』だった。正確にはタテ5.5cm、ヨコ8.5cm、厚味1.5cmという豆本の類いである。本文はガリ版刷り。サルートン社、一九七三年一〇月四日発行。限定129部の内124。

《Y君が、アナキズム運動関係の新聞 冊子 ニュース・ビラなどの整理をしてくれた際、ぼくのかいたものなどひろい出して目録をつくってくれた。ここにあつめたのは、詩誌イオムやその詩集にのせたものを除いたーだから詩誌イオム廃刊以后に発表した作品全部(多分このほか五・六篇?ぐらい散逸)ということになる》

《内容はいまさら世に問うというつもりのものではなし、あそび半分、本つくりの楽しみ半分、よみにくい方がかえって幸い、ボロが出ないですむ、とこのように豆本まがいのものにしたわけ。》

《「こんな小さい字はドウモ…」と尻込んでイヤイヤのY君にすると、近所に住んでいる寺島珠雄さんが顔を出しては「詩集もうできたか!」ひどいときには朝晩二回のトクソク。Y君すっかり閉口、ついにかくごして滞在切上げの最后の夜は、夜明けごろまでかかってガリ切りを仕上げるということだった。この二人の力添えがなければ、おそらく、この詩集は陽の目もみず、ぼくも恥をかかずにごまかせただろう。》

というような制作の経緯が「後記」に記されている。加納さんは、表紙のタイトル文字、これはマジック・ペンで手書きなのだが、「この字は寺島さんが書いたんだと思うよ」というのでなおさら貴重な一冊となった。訊き忘れたが、寺島さん旧蔵書かもしれない。


向井孝小詩集_f0307792_17270057.jpg

また、先日の帰郷で書簡類の入った段ボール箱を整理したと書いた。そのなかに向井孝・水田ふう連名の住所印のある小生宛の絵葉書があったのを見つけ出して持ち帰っていた。むろん『向井孝小詩集』を入手したので、たしかあったはずと探しに探したのである。

この文面からすると鄭承博『水平の人』(みずのわ出版、二〇〇一年)を小生が送呈した礼状である。小生の初期の装幀本。どうして向井氏に送ったのか、たしか、誰のつながりだったか忘れたけれど(ひょっとして寺島さん?)、雑誌『黒(ラ・ニグレーツォ)』を頂戴した、その返礼だったような気がする。何冊か雑誌を送ってくださった。消印は「平成14.5.10」。今、検索してみると、向井氏は二〇〇三年に亡くなっておられるので、亡くなられる前年の葉書ということである。

『向井孝小詩集』より一篇引用しておく「踏切り」全文。

 子供が茶色い小犬をひろ
ってきた。
 なんとなしに"デス"と
いう名になった。
 勤め帰りの夕暮、ふみ切
り近くまでくると、デスは
不意に飛びだして、私のま
わりをとびはねた。
 
 子供の二学期が始った日
とつぜんデスがいなくなっ
た。
 ほろよい帰りの夜中など、
私はふみ切りを越えながら、
小さい声で、デス! と呼
んだ。
 誰もいないと、眼にみえ
ないデスが胸にじゃれつい
て、門までついてきた。

 冷たい雨の日曜日、ふと
犬の声がきこえたようだっ
た。
 子供がはねおきて、デス
! と呼んだ。
 デス! デス! デス!
 戸外をみまわしたが、い
つまでもしいんとして、ぬ
れそぼっていた。

 正月が過ぎても、玄関脇
に犬小屋がおかれたままだ
った。
 その中に、噛みちぎった
紙屑や木片にまじって、子
供のボールも転がっていた。
 ときどき、ごそごそ音が
したが、もちろん私はのぞ
かなかった。

 やがて、子供が中学生に
なって、英語の時間に"D
eath"という単語を習って
きた、といった。
 だが私には、踏切りをこ
えると、きっととびついて
きてはねまわる、あの茶色
の仲よしのことであった。
 デス! デス!
 呼べばいつまでも、どこ
からか一直線に走ってくる。


# by sumus2013 | 2021-11-27 17:29 | 古書日録 | Comments(0)

古本マニア採集帖

古本マニア採集帖_f0307792_16523437.jpg
カバーと本体



南陀楼綾繁『古本マニア採集帖』(皓星社、二〇二一年一二月一五日、装画・カット=武藤良子、装丁=横須賀拓)読了。こちらも「日本の古本屋メールマガジン」で目を通していたが、やはり紙の本になると読み方が違ってくるようだ。新たに取材した人たちもいるので合計36人の古本マニアに話を聞いている。『蒐める人』(皓星社)とともに古本史に残る好著であろう。

本書の「退屈男さん」の章で引用されている退屈男さんによる南陀楼氏の最初の単行本『ナンダロウアヤシゲな日々 本の海で溺れて』(無明舎出版)についての評言がズバリ的を得ている。

《『本の海で溺れて』とあるが、ただひとり溺れるだけでない。南陀楼さんはその海の泳ぎ方がじつによいのだ。そして、おなじように本の海を泳いでいるひとたちを見つけて、接し、また外にそれを伝えていく。そのことによって、読者は、本の海のまだ知らぬ領域まで泳ぎすすむことができる。》(p259)

これはそのまま本書の感想だと言ってもいいだろう。また、巻末に置かれる「おわりに 私が古本マニアだった頃」が自らの半生を振り返る実にいい文章だ。本書では「濃い」古本マニアを集めたいとは最初から思わなかったそうだ。

《それよりは、その人の生活のなかに古本と古本屋(あるいは本と本屋)がどういう位置を占めているかを聞いてみたかったのです。そのため取材時には、その人の記憶にある最初の一冊から読書歴と本屋歴をたどっていきました。そういう人たちの話を集めることによって、「本好きの生活史」のようなものが描けないかと漠然と考えたのです。》(p261)

そうそう、この最初の一冊と読書歴というのがどの人を読んでいても興味を惹かれる部分である。雑誌や子供の本のタイトルから、その人の世代がはっきりと見えてくるし、個人的に面識のある人の場合は(ただお会いしただけという方も含め十一人に面識があります)そんな本だったの、という意外性も感じる。

南陀楼氏自身は一箱古本市を始めたことで「古本マニアの呪縛」から逃れ《本を媒介としたコミュニケーションの楽しさ》を追い求めるようになったと言うのである。小生も、南陀楼氏が日本中を自由に駆け回る姿を頼もしく、多少心配(生活は大丈夫かというような、おせっかいな心配)をしつつ、感じていたことを思い出す。そして「おわりに」の最後の文章がすばらしい。

《今年に入って、『雲遊天下』編集長の五十嵐洋之さん、作家の小沢信男さん、ブックデザイナーの平野甲賀さんと桂川潤さんの訃報に接しました。多くのことを教えていただいたことを感謝します。
 そして、昨年亡くなった母へ。実家の書庫にある本の場所を電話で正確に指示するので、「恐ろしい子に育った」とぼやいていましたね。病院に見舞に行ったときには、「あんた、まだナンダロウやっとるかね」とつぶやいていました。はい、いまでも、なんとかナンダロウやってますよ。
 古本マニアではなくなったけれど、これからも本と一緒に生きていくのだと思います。私にはそれ以外の生きかたはできないでしょう。》(268)

コロナになる前の話だが、『本のリストの本』を作るということになって共著者全員が大阪で打合せをした。そのとき久しぶりに会う南陀楼氏にと思って、その少し前に見つけていたガリ版の趣味人雑誌を持参したら、目の色変えてガッツリ食いついてきた。脱マニア宣言など思いも寄らなかったけどなあ。

自称マニアじゃない人が書いた本です。マニアじゃなくても楽しめます。

# by sumus2013 | 2021-11-26 17:03 | おすすめ本棚 | Comments(0)

BOOK ART展2021

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ティーバッグの本
"50 CUPS OF TEA"



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山崎書店の「BOOK ART」展へ。例年のことながら、面白い発想の本(本と呼べるかどうか分からない作品も少なくないですが)がズラリと並んでいる。個人的には、自分で飲んだ後のティーバッグを本のようにバインディングしているのが、そのコンセプトとともになかなかgoodと思った。形が手作り本らしいのがいい。特別な内容はなくて、お茶の色に染まっている紙だけを綴じてある。

小生は、今回は、いちおう綴じのある冊子の体をした作品を出品。『TOOLS』(限定2部+見本1部)と題して金属の道具類をフロッタージュ作品にして、それらを綴じ合わせたもの。お近くの方はぜひ手に取ってご覧ください。

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BOOK ART展2021
2021年11月23日〜12月5日

京都パラダイス山崎書店
http://www.artbooks.jp/


# by sumus2013 | 2021-11-25 19:46 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

たそがれ

たそがれ_f0307792_17103780.jpg

十一月の初旬には帰郷したついでに自家用車で鹿児島まで足を伸ばした。そうとう長く伸びた足である。途中、松山と大分で一泊ずつしたのだが、それぞれの街で半日だけ美術館と古本屋を巡ることができた。この絵葉書は松山市の社日(やしろび)という古書店で求めたもの。中村不折「たそがれ/第十回文部省美術展覧会出品」(神田美土代町壹ノ四四 美術工芸会発行)。美術工芸会の絵葉書は以前にも紹介していた。

第十二回二科美術展覧会出品/都会風景(一) 國枝金三氏筆

この実作品は東京国立近代美術館に所蔵されている。

中村不折 1866 - 1943
たそがれ
大正5年 油彩・キャンバス・額・1面 122.0×81.0
右上に署名
10回文展(竹之台陳列館 1916)
昭和37年度 文部省 管理換 O00312
東京国立近代美術館

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現物の写真と比べると、大正時代の絵葉書なので印刷が悪いというのか、色調も異なるし、全体的にリタッチが入っていそうなのだが、それは仕方ないとして、実作と絵葉書の絵柄に大きな違いがある。

背景の花瓶とそこに挿してある植物の形に注目。かなり変わっている。ごく単純に考えれば、絵葉書のために写真を撮った時点の絵柄が絵葉書になった(当たり前)。そしてその後、葉っぱが気に入らなくて描き変えた、というようなことだろうか。これは決して珍しいことではない。

一度完成としてからも筆を加える画家は少なくないと思う。小生もときどき個展が終わった後など、気に入らない絵に筆を加えてみるが、結局、うまく修正できる例はほとんどない。集中して描いているときと、一旦筆を置いてから、醒めた目で見るときとでは、物の見方がかなり変質しているのではないか。ついには収拾がつかなくなって一からやり直してしまうような事態になりがちである。
 

# by sumus2013 | 2021-11-24 17:38 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

南瓜の花

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善行堂でつい先だって「こんなのあるけど……虫喰いだらけや」と見せられた。水谷川忠麿『南瓜の花』(草木屋出版部、昭和十七年一月二十日)。見事な食いっぷりだ。草木屋といえば山崎斌である。作家で草木染めの研究家。小生が山崎を知ったのは『sumus』9(二〇〇二年五月三一日)に築添正生さんが「雑誌『月明』のこと」という原稿を寄せてくださったからである。その結びに次のように書かれている。

《昭和十三年から二十七年(?)にかけて、戦中、戦後という雑誌を出すには最も困難だったろう時代に、『月明』(山崎は『月明』以外にも並行して昭和十四年から一年間『季節』という雑誌を出したり、『月明文庫』というシリーズや限定本の出版などもしている)を出し続けた山崎斌の情熱とエネルギーは感心する他ない。》(p30)

山崎斌 Yamazaki AKIRA 作家 / 草木染作家

文中《限定本の出版などもしている》に相当するのがこの『南瓜の花』である(限定三百部)。短い随筆と短歌が主な内容である。水谷川忠麿は以下のような人物。

《水谷川 忠麿(みやがわ ただまろ、1902年〈明治35年〉8月27日 - 1961年〈昭和36年〉5月20日[1])は、日本の男爵、貴族院議員。旧姓、近衛。後陽成天皇の男系十二世子孫である。//公爵近衛篤麿の四男として生まれた。兄に内閣総理大臣の近衛文麿、指揮者の近衛秀麿、ホルン奏者の近衛直麿がいる。》(ウィキ「水谷川忠麿」)

「巻末に」によれば、本書は雑誌『月明』に連載したものとのことで、山崎に勧められ、茶室と擇草舎(華道御門流の稽古場)とを得た自祝の気持ちと四十歳になった記念の意味で刊行に踏切ったそうだ。

《十年前、三十歳の頃は、まだ畫に熱心で、日本のセザンヌにることを夢見たりしてゐた。しかし自分の才能にそろ〜〜不安を抱きはじめた頃、丁度満洲事變、五・一五、二・二六事件が頻發、それに刺戟されて畫筆など執つてゐられぬ氣持になり、遂に轉じて今日の樣な俗事に多忙な生活をする樣になつた。思へば十年の間に大きな變りやうをしたものである。》(p112)

著者は『陽明文庫図録』などの編者として名前が出ており(陽明文庫は近衛文麿が設立した近衛家伝来の古文書などを収蔵する施設)、『紫山水谷川忠麿遺稿』(昭和四十六年)があるようだが、それよりも本書の方がぐっと貴重である。ただし保存が良ければ、の話だが。


# by sumus2013 | 2021-11-23 19:56 | 古書日録 | Comments(0)