林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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新訳ステファヌ・マラルメ詩集

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京都に戻って間もなく柏倉康夫『新訳ステファヌ・マラルメ詩集』(私家版、百部限定、二〇一七年六月三〇日)が届いた。すでに紹介したようにキンドル版で読めるとしても、やはり紙の触感やインクの匂いを嗅ぎながら詩行をたどるのはこの上ない喜びである。詳しい内容、入手方法などはウラゲツ☆ブログをどうぞ。

注目新刊:柏倉康夫訳『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』私家版、ほか

そしてまたこれはマラルメ詩集としては異風な体裁である。表紙デザイン・題字は古内都氏。表装の専門家とのこと。表紙の文字を拾い出してググッてみるとどうやら『資治通鑑』(十一世紀の初めに中国で編纂された編年体の歴史書)の「唐紀」のあたりだと見当がついた。たぶんマラルメとは直接の関係はないと思うが、意表を衝いたアイデアである。

これまでも柏倉先生によって翻訳されたマラルメの詩集は何冊も読ませていただいた。非常に明晰かつ明快な訳文で十二分に練れた日本語になっているのだが、そうではあっても、そこに意味を辿ろうとすると、やはり難物である。

「賽の一振り…」

「牧神の午後 田園詩」

それではと、フランス語版(たまたま百円で買ったプレイヤード版マラルメ集を架蔵している)を取り出して併読してみたが、これは普通のフランス語ではなく、まったく歯が立たない。

もう途中からは、意味だとか詩人の作意などは忘れて、単語の連鎖が引き起こす視覚的な連想を楽しもうというふうに態度を変えてみた。すると、それはそれなりに楽しめるのである。ギュスターヴ・モロー(1826-1898)の絵画世界を感じさせる作品も少なくない(十六歳上のモローとマラルメの歿年は同じ)。

あるいは、ブランクーシ。まったく両者の間には関係は認められないと思うのだが(世代も違う)、そう思いつつも結びつけたくなるのが次のソネットの一部。「いくつかのソネット」より「ーー汚れなく、生気にあふれ、美しい今日は」の第三連。

 空間を否定する鳥に空間が科す
 この白い苦悩を伸ばした頸をふって追い払っても、
 羽を捉えられた大地への恐怖は打ち消せない。

これは見事な訳文である。原文はこちら。

 Tout son col secouera cette blanche agonie
 Par l'espace infligé à l'oiseau qui le nie,
 Mais non l'horreur du sol où le plumage est pris.

鳥というのは二連目に出ている白鳥(cygne)。この《空間を否定する鳥に空間が科す》という文言はどうしてもブランクーシの代表的な作品とも言える「空間の鳥 Oiseau dans l'espace」(一九二三年に初めて発表された)を連想させる。下の写真は今回のパリ行で撮影したアトリエ・ブランクーシのワンカット。石膏による「空間の鳥」が立ち並んでいた。

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一九二三年から以後二十年にもわたってブランクーシは「空間の鳥」にこだわり続け、大理石で六体、ブロンズで九体、そして数多くの石膏作を残したのだという(『BRANCUSI』ポンピドゥーでの回顧展図録、ガリマール、一九九五年)。「生涯をかけて飛翔の本質だけを探し求めてきた。飛翔(Le vol)、なんという幸福!」とブランクーシは語っていたとも。

鳥だと言われても鳥とは思えない形である。マラルメが虚無という深い淵を覗き込むようにフランス語を研ぎすませた、のと同じようにブランクーシはその飛翔の本質を磨きに磨いたのではあるまいか。むろんマラルメの意図とブランクーシの考えはまったく違った次元にあるのだろうが、それでも「空間の鳥」のキャプションにマラルメの詩句を添えてみたい誘惑に駆られる。

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# by sumus2013 | 2017-07-22 21:18 | おすすめ本棚 | Comments(2)

わたしのかふか

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ミニアチュール神戸展 Vol.17
わたしのかふか

2017年7月22日〜8月2日

ギャラリー島田
http://gallery-shimada.com



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林哲夫「K」2017作


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# by sumus2013 | 2017-07-22 07:47 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

同志諸兄に告ぐ

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ある古書店の方がこんなもの見つけたよと言って送ってくださった。「あて所に尋ねあたりません」という右京郵便局のスタンプが捺されている。ご覧の通り小生宛に送られたのだが、二〇一〇年ということは上記の住所から転居しておよそ三年経っていたため、転送されずに彷書月刊編集部へ返されてしまったわけである(よく残っていたなあ!)。この時点ではむろん『彷書月刊』を毎月購読していたのだから新しい住所は編集部も把握していたはずだ。おそらく目録に載せた古い住所録からこの宛名は書かれたものに違いない。

「すむーす堂」は『sumus』のメンバー(主に山本、扉野、小生)が彷書月刊』誌上で古本を販売していたときの屋号である(古本市やネット上でもしばらく使った)。これもかなり以前に田村さんから目録を掲載して欲しいと電話で頼まれて一時期定期的に載せていた。挿絵入ですべて手書きの一頁目録。

この封筒には以下のような檄文(?)と目録出稿の依頼状が入っている。

同志諸兄に告ぐ
 懸命なる諸兄はすでに仄聞せらるるやもしれぬが、今、われらが「彷書月刊」誌は気息エンエンたる危機的状況にある。公言した創刊三百号まで、あと一歩というところにこぎつけながら、ついに矢尽き刀折れ、台所は火の車スッカラカンのカンと成り果てていることは、編集長田村治芳が万感の想いで吐露している通りである。
 しかし、しかしである。ことここに至り、苦しい状況下残る力をふりしぼって持ちこたえてきた彷書月刊」を、このまま立ち腐れにさせてしまってよいものか。見殺しにしてしまってよいものか。新たなる古書情報の発信基地、古書愛好家たちの砦を旗印に、'85年の創刊以来25年の長きに渉り、志ある同業たちが意欲的なスタッフたちと手をたずさえ、次から次へと引き継いできたこの偉業を、ここで途絶させてしまってよいものか。

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執筆者は《「彷書月刊」を支持する友人一同/代表 稲垣書店 中山信行》氏。二〇一〇年三月二二日付けになっている。もし返送されずに届いていたら、もちろん目録を掲載させてもらったと思う。ただ『ぽかん』連載で内堀弘さんが回想しておられるように、この時期、篤い病と闘っていた田村さんは三百号にかなり固執していたようである。この檄文にもそのあたりの事情が綴られ、中山氏はこう書いておられる。

せめて三百号出すまではと執念を燃やす編集長のためにも、古書業界の気概を世に示す灯を消さないためにも、ここは一番、諸兄の英断を信じ、義援的精神のもと目録出稿の形をとって、応援してやろうではないか。終刊予定の10月号まであと六冊、なんとしても支え、無事本懐を遂げさせてやろうではないか。

もっと早く見切っていれば当然のことながら負債額も減らせた。しかしながら、今の時点から考えれば、やはり三百号は出しておいてよかったのではないか。目次を写しながらそう思うのである。



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# by sumus2013 | 2017-07-21 20:57 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

彷書月刊1989

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1988年12月25日発行
第5巻第1号(通巻第40号)

〈巻頭エッセイ〉
近頃不愉快なこと 寺田透

特集 かるた・双六・福笑

お正月ぁいいもんだ 斎藤良輔
江戸のあそび 稲垣史生
教育すごろく 唐澤富太郎
「福笑い」あれこれ アン・ヘリング
かるたの歴史 村井省三
カルタいろいろーー滴翠美術館所蔵から 山口格太郎
木版歌かるたの流行 江橋崇
針うち・えんずーーお正月の子供遊び 斎藤たま

〈書架より〉
幻の元号「光文」考案者・中島利一郎 森秀樹

〈古書のにおい(6)〉
奇妙な再会 串田孫一

〈連載8〉
スノードロップー遺稿『豊平川』より 松本恵子

〈連載3〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・琳瑯閣書店 斎藤佑次
インタヴュアー/若原隆和

〈掘出本〉
中西伊之助自伝『冬の赤い実』 大和田茂

〈古書店から〉
詩集『白痴の夢』 青木正美

一人一冊探求書
受贈書
古書即売会情報
編集後記 田

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
夢書房/キリン書房/志文堂/中村書店/江戸川書房/索文社図書/柏光書房/カバラ書店/伏見屋書店/瑞弘堂書店/古書空閑文庫[くがぶんこ]/永井古書店通信販売部/あき書房/古本あじさい屋/すかぶら堂書店/田中書店/玄学楽書房/古書の西新書房/なずな古書店/天野屋書店/舒文堂河島書店/国府堂書店/ロマン書房本店/一歩堂書店/山猫屋/千葉書店/古書芳林文庫/木本書店/易専門 八起[ヤオキ]書店/

広告
有精堂『体系物語文学史』他/凱風社『臺湾高砂族系統所属の研究』他/第7回横浜そごう古書籍大即売会/小笠原貴雄『風雪』彌栄出版/新泉社のかるた/くもん出版 アン・ヘリング『江戸児童図書へのいざない』他/新宿書房 斎藤たまが切り開く民俗の世界! 他/東京書籍『遊びの大事典』/



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1989年1月25日発行
第5巻第2号(通巻第41号)

〈巻頭エッセイ〉
クヲ・ウァディス? 寺田透

特集 古本屋ーー戦後の出発

終戦直後の新刊・古本の思い出 家永三郎
終戦直後の古本屋体験 中島河太郎
被災水ヌレ本の恩恵 益田勝実
終戦直後の書物と古本屋 新村猛
尾をひく戦争の傷跡ーー 一誠堂書店 山野成之
焼け残った神田でもーー四方堂書店 長岡フ義男
開店までーーラテン区書房 杉浦臺紀
戦後の苦難で今日があるーー中尾松泉堂書店 中尾堅一郎
広島の瓦礫の中からーーアカデミイ書店 今田國登

〈連載9〉
大英博物館の読書室『豊平川』より 松本恵子

〈エッセイ〉
忘れられた思想家ーージョルジュ・パラント 武田元敏

〈書架より〉
生田長江『サラムボオ』の挿絵 神谷忠孝
松永安左衛門と四つに組んだ小坂順造 森秀樹

〈連載4〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・琳瑯閣書店 斎藤佑次
インタヴュアー/若原隆和

〈世界の古本屋〉タイ(バンコク)2
マーケットの古本屋街 宇野光雄

〈古書店から〉
ゆけゆけ筑後のベレエ党1 助広信雄

一人一冊探求書
受贈書
古書即売会情報
編集後記 田

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
ケルン書房/石狩書房/萬葉堂書店/秀峰堂/山本書店/喫煙室/一滴通信/三松堂書店/あべの古書店/森山書店/鯨書房/書肆風狂/訪古堂書店/あき書房/中山書店/若松書房/すかぶら堂書店/原田書店/古雅書店/葉隠古書の会/古書の長屋/塩山書店/緑林堂書店/四季書房/自游書院/ビブリオテーク88/なないろ文庫ふしぎ堂/石神井書林/

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日本図書センター『近代日本文藝讀本』/第6回西武八尾店大古本まつり 大仙堂書店/古書目録発行準備中 古書落穂舎/喇嘛舎 北冬書房/弘隆社『八月に乾杯 松本克平新劇自伝』/京王大古書市/大月書店『雑誌で見る戦後史』/



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1989年2月25日発行
第5巻第3号(通巻第42号)

〈巻頭エッセイ〉
日没時刻 寺田透

特集 永久非難者・竹内好

竹内好との出会い 尾崎秀樹
『竹内好論』を書いた頃 菅孝行
独立守備隊長の想い出 松本健一
竹内さんのふくみ笑い 大須賀瑞夫
洋車と輪タク 池上正治
冬の北京にて 中村愿
強靭な主体 岡本公一

〈秋山清追悼〉
アナキストとアナーキスト 埴谷雄高
飄々としながら 石垣綾子

〈連載10〉
ヨネ・ノグチ先生 『豊平川』より 松本恵子

〈書架より〉
牧野富太郎の第一の愛弟子・吉永虎馬 森秀樹
長田秋濤『図南録』 神谷忠孝

〈連載5〉
聞き書き古本屋の個人史 本郷・琳瑯閣書店 斎藤佑次
インタヴュアー/若原隆和

〈古書店から〉
ゆけゆけ筑後のベレエ党2 助広信雄

古書即売会情報
編集後記 大宮

題字・北川太一 表紙・カット 渡辺逸郎

編集人 田村治芳
編集部 内堀弘・高川ナギサ
発行人 堀切利高
発行所 株式会社 弘隆社
〒101東京都千代田区猿楽町1-2-4-302
印刷所 三協美術印刷株式会社

全国古書店目録
サッポロ堂書店/キリン書房/中村書店/柏光書房/江戸川書房/神無月書店/だるま書店/永楽屋/博文堂書店/紅霓[にじ]文庫/古本あじさい屋/山田書店/痛快洞/田中書店/舒文堂書店/デラシネ書房/蟻屋書房/きさらぎ文庫/古書パノラマ館/八起書房/山猫屋/一歩堂書店/鶴本書店/東城書店/大塚書店/風光書店/誠心堂書店/文学堂書店/

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徳間書店『中国の思想』/武蔵野書房『トルストイ論集』他/第18回西武大古市/愛書交換会・蚤の会/亜本屋古書目録2号/有精堂 小倉脩三『夏目漱石』他/平川出版社『道教』他/不二出版『輝ク』他/


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# by sumus2013 | 2017-07-21 17:36 | 彷書月刊総目次 | Comments(0)

厄除け詩集

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持っているという記憶がなかったのだが、書棚をふと見ると井伏鱒二『厄除け詩集』(講談社文芸文庫、一九九四年七月二〇日三刷)が挿してあったので、アッと思って、抜き出してみた。そうだったのか、どうして宮崎修二朗翁が最初に『臼挽歌』のことを大岡信に知らせたのか納得できた(触媒のうた)。大岡は本書に解説「こんこん出やれーー井伏鱒二の詩について」を寄稿している。その初出が『海』昭和五十二年八月号なのである。ということは初出の時点では大岡は『臼挽歌』を知らなかった。

実は私は、これらの訳詩の由来についての「田園記」の記述は、井伏氏独特の作り話であろうと思いこんでいたが、宮崎修二朗氏の教示によって現実に下敷きになった本があるのを知り、むしろ意外な思いさえした。

この後に続けて若き井伏が『伊沢蘭軒』連載中の森鴎外にニセの手紙を書いたことや『遥拝隊長』に出てくる俚謡とされる詩が「つばなつむうた」として本書に収められていることを挙げて「田園記」の井伏自身の記述を信じなかったことについて多少の弁解を試みている。井伏が嘘つきなのは間違いない。しかし嘘には本当というタネが必要なのである。

本書は『井伏鱒二自選全集』(筑摩書房、一九八六年)と筑摩版『厄除け詩集』(一九七七年)を底本としているそうだ。河盛好蔵の解説「人と作品」に付された書影は昭和二十七年に木馬社から出た『厄除け詩集』である。初版は昭和十二年(野田書房)と年譜にあるのでネット上で書影を捜したのだが、けっこう手間取って、やっと見つけた。コルボオ叢書の一冊として百五十部だけ刊行されたようだ。

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# by sumus2013 | 2017-07-20 20:14 | 古書日録 | Comments(2)

初期「VIKING」復刻版

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初期『VIKING』の復刻版が出るという話は、昨年、茨木市立中央図書館で「筆に聞いてんか 画遊人・富士正晴」という講演をやらせてもらった日に中尾務さんから聞いていた。どうやらそれが刊行されたらしい。留守中に中尾さんが『初期「VIKING」復刻版 解説/総目次/執筆者索引』(三人社)を送ってくださっていた。深謝です。詳細については下記サイトをご覧頂きたい。それにしても三人社、恐るべき出版社なり。

(株)三人社

海賊たちの破天荒な航海日誌
初期「VIKING」復刻版(1947年〜1953年)

ここに収録されている中尾さんの論考を読み始めて、いきなりこんなところで止ってしまった。

ちなみに、富士は島尾から借りた花田清輝『復興期の精神』ではじめてVIKINGの名を知り誌名としたと回想している(「VIKINGの初めの頃」1967・10『VIKING』202)が、誌名『VIKING』決定の直前に読んだ『復興期の精神』は、富士が義弟・野間宏に依頼、版元の真善美社から送られてきたものである(1947・7・29付野間宛て富士封書。7・31消印富士宛て野間ハガキ)。

真善美社版の花田清輝『復興期の精神』は、つい先日ここで紹介したばかり。ただし我観社版。その第二版が一九四七年二月に真善美社から出た。

花田清輝『復興期の精神』(我観社、一九四六年一〇月五日)

止ってしまった理由はもちろん『復興期の精神』のどこにVIKINGが出ているか捜し始めたからである。目次にはそれらしき名前が見出せない。文章のどこかに登場するのだろうか、これは厄介だ。とにかくそれらしいところをペラペラめくってみる。「楕円幻想」ヴィヨン、「極大・極小」スウィフト、あるいは「汝の欲するところをなせ」アンデルセンか……と思ったが出て来ない。諦め気味にパラパパラっと流していると、コロンブスの文字が見えた、コロンブス=船乗り、これか? と思ったら、出ていました。

アメリカは、ヴァイキングの間では「葡萄の國[ヴインランド]」として、はやくから知られてをり、その最初の発見者は、グリーンランド生れのリーフ・エリクソンだといふので、コロンブスの名聲を眞向から否定しようとする人々がある。》(架空の世界)

かれの空間にたいする愛情は、旋回し、流動する空間、ーー時間化された空間にたいして、そそがれたのではなかつたか。羅針盤は壊れる。しかし、船は、まつしぐらに、虚無のなかを波を蹴つてすすむ。虚無とは何か。檣頭を鳥が掠め、泡だつ潮にのつて、海草が流れてゆく。》(同)

しかし、空間は至る處にある。新しい世界は、至る處にあるのだ。たとへ、それをみいだすために、コロンブスと同樣の「脱出」の過程が必要であるにしても。(同)

うーむ、カッコよすぎる。富士も唸ったに違いない。これなら雑誌名は「コロンブス」の方がよかったかもしれないな、とつまらないことを考えた。しかし、ヴァイキングはコロンブスに先立ってすでに虚無の海図を知悉していた。ならば、やはりヴァイキングに軍配が上がるのか。

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# by sumus2013 | 2017-07-17 21:27 | おすすめ本棚 | Comments(0)

アソシエ書店

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今回の収穫として第一に挙げなければならないのはシェ・レ・リブレール・ザソシエ(Chez les libraires associés)への訪問である。ミッテラン図書館でのトポール展についてはすでに報告した。その展示に同調する形で「ここでもトポール展が開かれているよ」とパリ在住の知人が教えてくれた。それは是非とも訪問しておきたいと、ホームページをチェックしてみたが、その時点でこれはなかなかの書店だと驚かされた。日本の絵本なども扱っている。

Chez les libraires associés
3 RUE PIERRE L'ERMITE
75018 PARIS FRANCE

十八区、地下鉄二号線ラ・シャペル下車。ラ・シャペルは北駅と東駅に挟まれた場所で、インド人街のような雰囲気の一角もあり、中東やアフリカの人達も数多く行き交っている。見たこともないような果物が八百屋に並んでいて目を射られたり、派手な民族衣裳で闊歩する女性たちに圧倒されて道を間違えてしまったり、それでもなんとか目的の通り番地に辿り着いた。

上の写真がそのピエール・レルミット通り。まあ、とりたてて変哲もない街路である。商店もほとんどなく住宅街と言っていいだろう。この写真の左手前に移っている建物の一階にリブレール・ザソシエはあるはずなのだが、看板も何も一切出ていない。3番地の両開きの扉(もうひとつ片開きの扉もあるので注意)の脇に付いているソヌリ(ボタンを押す式の呼出ベル)のひとつに「Librairie」と手書きのシールが挟んであるだけ。まあここしかない。とにかくボタンを押す。すると「カチッ」とかすかに鍵が開いた音がした(パリではどこの玄関でも鍵を開けると同じような小さな金属音がする)。扉を押して中に入る。

入ってビックリ。高い天井、壁際は一面の書棚、スーッと奥へ真直ぐ伸びた廊下は広々として何も置かれておらず、清潔な図書館を思わせる。入ってすぐ左手に一室、突き当たりに一室、その左奥に一室、さらに地下室もある。トポールの展示を見たいというとレジ机にいた男性は地下へ行けと階段を指さした。

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地下室へ降りてまたまたビックリ。古本屋というよりアート・ギャラリーの雰囲気である。実際、地下室はおおむねギャラリーとして使われているようだ。手紙や自筆デッサン、書き入れや献辞またはイラストの入った書籍、版画やポスター、生写真、その他見た事もないようなトポール表紙の数々の本が並んでいた。十年かけて集めたのだそうだ。もちろん全て売り物、Bnfと違ってどれでも買い取っていいわけだ。いちおうこの展示は会期を区切っているから売約済みの赤丸が付いているものがかなりあった。

自筆モノが欲しかったが、むろんそれなりに高額である。なかなかうまい値付けになっている。じつはもうすでにそこそこ値の張るトポール関連品を他所の店で買ってしまっていた。もし、それがまだだったなら、小さな落書きのようなスケッチを買えたのだが……。まあ予算は決まっているのでどうしようもない。買える範囲内で何か欲しい。会場をうろうろすること小一時間。迷いに迷ってジャン・ジャック・ポヴェールから一九六八年に出た『TOPOR La vérité sur Max Lampin』に決定。ショーケースに入っていたので取り出してもらう。そこには同じ本が二冊並んでいて、一方は状態が悪く、もう一方はかなり綺麗な本。ただし値段は倍違う。いつもの小生ならゼッタイ安い方にするところだが、今回は高くて状態のいい方を選んだ(よし、よし)。「持って帰っても大丈夫ですか?」と尋ねたら「これは他にもう一冊ありますから、問題ありません」という答え。さすが……。

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日本の本が並んでいるだけあって若い店主(の一人)は「ぱりニ、スンデイマスカ? カンコウデスカ?」などと日本語を操るのである! これにもちょっと驚いた。英語は珍しくないが、日本語を話す古書店主はまだ珍しいと思う(日本人店主は別です、勿論)。

その何日か後、別の古本屋さんにやや興奮気味にアソシエ書店の話をした。
「あそこは三人でやっていてね、もとはサントゥーアンにいたんだよ。うちの店にもよくやってきて何度もいい本を抜いて行った。あとで彼等の値付けを見て地団駄踏んだこともあったよ。今、パリでいちばん元気がいい店なんじゃないの」
サントゥーアンはクリニャンクールの蚤の市のことである。

そして、今、アソシエ書店を検索していてまたもやビックリ、な、なんと以前 daily-sumus でも取り上げたことのある新発見のランボーの写真、それを掘り出したのが、このアソシエ書店の経営者の一人ジャック・デッス(Jacques Desse)氏ではないか。ランボー売ってこの店を買ったのかなあ……!?

ランボーの知られざる写真

Chez les libraires associés
Ce blog est consacré à la photographie d'Arthur Rimbaud à l'Hôtel de l'Univers

そして、京都に帰ってから、もう一度、アソシエ書店には驚かされた。なじみの古本屋さんに「パリに凄い本屋さんがあったよ〜」などとペラペラ話していると「あれ、その人たちうちの店に来たことあるよ」……。なるほどねえ、日本語しゃべるはずだよ。

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# by sumus2013 | 2017-07-16 21:07 | 巴里アンフェール | Comments(0)

コーネルへのオマージュ展

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所用のついでに神戸で本日から開催の『百窓の半分 ジョセフ・コーネルへのオマージュ』展へ。五十人以上の参加者による箱または箱に類する作品が並んでいる。こんな展示は滅多に見られるものではないと思う。日本人だけではなく外国の人たちの作品も多く、そのテイストがさらに展示に広がりを与えている。

ギャラリーAO
https://www.yelp.co.jp/biz/ギャラリーao-神戸市

下は仕掛人の小野原さんがその出品に感激したという塩見允枝子氏の作品。岡山生れの現代音楽作曲家で一九六四年渡米しフルクサスにも参加したという女史の作品は「ビー玉の為の十四の指示」(旧作の再制作だとのこと)。指示の印刷された紙をシュレッダーにかけて(切り刻んで)小箱に収めた作品。さすがフルクサス……

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帰途、街の草へ。加納さん、元気そうだった。例によって本が店内に山積み。店頭に出ていた図録などの他に20円均一箱(文庫本の裸本ばかり)から水上勉『古河力作の生涯』(文春文庫、一九七八年)を拾う。これ読まなくちゃ、と思っていたところ。元本は平凡社刊で、日本の古本屋では案外と安くない。加納さんも「それ、最近、見ないよ」と。読めればいいので嬉しい。

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その後、二駅引き返して甲子園へ。みどり文庫さん。こちらも頑張っておられる様子、何より。

ツレヅレナルママニ(みどり文庫)


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# by sumus2013 | 2017-07-15 21:05 | 雲遅空想美術館 | Comments(4)

星とくらす

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田中美穂『星とくらす』(WAVE出版、二〇一七年六月二四日、ブックデザイン=松田行正+梶原結実、イラスト=木下綾乃)。田中さんの理科三部作完結!

『苔とあるく』(WAVE出版、二〇〇七年)

『亀のひみつ』(WAVE出版、二〇一二年)

星についてはほとんど興味がなかったのだが、この本は非常に分りやすく、お子たちにも読んでもらえるくらい、丁寧に書かれているので、通読すると、ついつい空を見上げて星々の様子を眺めたくなってしまった。いや、正しくは星についての古本を見つけたくなったと言うべきか(笑)。

いかにも古本屋らしいのだが、星に親しむことになった大きなきっかけは、野尻抱影と稲垣足穂だった。どちらも「星の文筆家」といえる存在だろう。
「花が植物学者の専有で無く、また宝玉が鉱物学者の専有で無いように、天上の花であり宝玉である星も天文学者の専有ではありません」。
 星や星座、星座神話などについての数多くの著作による一般の人々への天文学の啓蒙と、星の和名の採集とで知られる野尻抱影が、ごく初めのころに著した『星座巡禮』という本の冒頭でそう述べている。また、この本を愛読していたという稲垣足穂も、「横寺日記」のなかで、「花を愛するために植物学は不要である。昆虫に対してもその通り。天体にあってはいっそうその通りではなかろうか?」と書いていた。どちらも、難解な天文学を前に足がすくんでしまったとき、たびたび口ずさんできた。
 とはいえ、やはり自然界にあるものを眺めるとき、多少なりとも知識はあったほうが楽しい。もちろん、それぞれが、それぞれに無理のない範囲で。そんなことを思いながら、この本を書いた。当初は、ごく個人的な星空のエッセイという形で書きはじめたのだが、やはりいくらかは基礎知識などもあったほうが楽しいだろう、と思い直し、このような本になった。これまでの『苔とあるく』『亀のひみつ』にくらべ、いくぶんエッセイの要素が強くなっているのはそのためだ。》(おわりに)

イラストも分りやすいが、何より星の写真が美しい。例によってカバーの裏面にも写真が印刷されており、本書ではそれが天の川銀河(と思いますが?)、何とも言えずいい感じだ。今それをPCの横の壁に広げて貼付けてある。

星なくしてはわれわれは存在し得ない。地球も太陽も星である。原始の地球に小さな星が衝突して月ができた…というのが最近の定説らしいが、あまりに身近でありながら、それらがじつに遠大な時間や空間を孕んでいることが、まず恐ろしいくらいに不思議だ。人間という極めて極めて小さな存在に何か意味があるのだろうか……。

星というものは、眺めれば眺めるほど、親しみが増してくる。この親しみの感情は、まったくわからないことだらけの星空に対してなのに、ほんとうに不思議なものだなと感じる。そして、こんなふうに、物理的な制約を振り切って、心が軽々と広がっていくことのできる宇宙というものの広大さは、知らないでおくにはもったいない。
 この本が、ふだんより少しだけ目線を上げ、星々に近づくきっかけとなりますように。》(同)

とりあえず、どんなに小さくても存在の一部には違いないのかな、と夜空を見上げて考えた。

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# by sumus2013 | 2017-07-14 20:15 | おすすめ本棚 | Comments(0)

マルシェ・ド・ラ・ポエジィ

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サン・シュルピス広場での古本市が終わった次の週には「マルシェ・ド・ラ・ポエジィ Marché de la Poésie」が開かれた(六月七日〜十一日)。これは一九八三年から始められ、今年は三十五回目だそうだ。フランス全土の詩集の出版社が一堂に会して(外国からの参加もあり)、その出版物を展示販売し、朗読会やトークイベント、コンサートなどさまざまな催しを行うというお祭りである。ブースは百二十以上あり、『デ・レットル・マルシェ』という新聞に顔写真が掲載されている参加者は二百五十二人以上。ブース(テント)の数は古本市よりも多い。日本人の参加者はいないようだった(中国人は何人か)。

上は参加出版社のデータおよびイベント内容の詳細が記された冊子(2ユーロ)。コンサートも Baron Bic(ロック)、ポエム・ジャズ、Sarah Olivier(歌手)とヴァラエティに富んでいて、のぞいてみたくなるラインナップだと思った(思っただけで実行せず)。

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各出版社の刊行物をざっと見て回る。詩集の装幀というのはだいたいその国の装幀のレベルを体現している、はずだ。全般的にはやはりフランスらしく素っ気ない文字だけの並製本が多い。ただ意外とイラストや写真を表紙全面に配したヴィジュアル系の装幀も目立っていた。あまり凝った造本はなかったように思う。オリジナル版画などを使ったアーティスト・ブックはいくつかのブースで展示されており、ルリュール・ジャポネーズ(和綴じ)の手作り詩集も見かけた。

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初日だったが、しばらく聞き惚れたのは「スロヴェニアとの出逢い」という朗読会。ちょうど始まったばかりで、スロベニアの詩人たちが何人か演壇に上っていた。一人で原語で読む場合と、二人並んで、一人は原語、もう一人が段落ごとにフランス語に訳して代わる代わる朗読するというやり方もあった。フランス語で聞いてもほぼ分らないが、スロベニア語は音楽も同然であった。しかし、それでも何か伝わってくるものを感じた。言葉の力というか、朗読には朗読の良さがある。かつて京都在住の詩人・萩原健次郎さんは招かれてここで朗読したと聞いた。

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マルシェ・ド・ラ・ポエジィが終わると、その次には六月十二日の一日だけ「版画の日 JOURNÉE DE L'ESTAMP」という催しが行われた。知らない作家ばかり。なかなか楽しい展覧会だった。版画だけに100〜300ユーロくらいで買える作品も少なくなく、かなり食指が動いたが、持って帰るのも難儀だし、どうしても欲しいというほどのものはなかったので、残念なようなホッとしたような次第。
あるブースをのぞいていると、若い女性のアーティストが話しかけてきた。
「ムッシュー、第×大学でお会いしませんでした?」
「あ、いや、人違いです」
「あら、ごめんなさい」
みたいな会話だったが、その気になれば作家と親しくなれる。ブースが狭いので親密な感じにはなる。エッチングなどで作った名刺を置いてある作家がけっこういた。無料なので何種類かもらってきた。日本人女性が出品しているテントがあった。


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「版画の日」が終わると、今度は古道具市が十三日間開催された。それがちょうど暑い盛りで、どうにもこうにも溶けてしまいそうなほど。古書を置いている店も少なくなかったのでできればじっくり吟味してみたかったのだが……。とにかく古道具類は予想以上に高価である。壊れそうなものは危なくて買えないし(薬壜が欲しかったのだが)、もっと予算があればなあ…とため息がもれた。

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# by sumus2013 | 2017-07-13 19:00 | 巴里アンフェール | Comments(0)